パートナーインタビュー:オットーボック「道具の医務室」パラリンピック選手のパートナーのような存在で

Ottobock(オットーボック)----その企業名を耳にしたことがあるでしょうか? ドイツ・ベルリンで創業したオットーボックは義足や義肢、車いすなどを取り扱う総合医療福祉機器メーカーでパラリンピックになくてはならないサポーター、アスリートにとっては選手生活におけるパートナーのような存在です。
今回お話を伺ったのは、オットーボックジャパン モビリティソリューションズ事業部の中島浩貴さんとマーケティング・コミュニケーション/総務部の佐竹光江さん。パラリンピックにおける選手のサポートについてや東京2020大会への期待、その後の共生社会実現に向けた思いなどをお聞きしました。

パラリンピックを支えるオットーボックジャパン 中島浩貴さんと佐竹光江さん(左から)

パラリンピックに対するサポートは、私たちの存在意義を見つめなおすため

2018年12月3日の国際障害者デーに東京2020パラリンピックオフィシャルサポーターになられました。創業されて90年以上のオットーボックさんならではの技術や思いについて教えてください。

オットーボックジャパン マーケティング・コミュニケーション/総務部 佐竹 光江(以下、佐竹)

私どもは1919年第一次世界大戦後にベルリンで創業いたしました。第一次世界大戦で手や足を失った方がたくさんいらっしゃったので、義足の製造が国家的な事業の一つとなっていました。なるべく多くの方に良い品質の義足を届けたいという創業者の思いから、義足を「ソケット」という上の部分と、膝の部分、足の部分に3分割して製造することを始め、その開発によって、義足の産業革命ではないですが、工業化ができるようになり、多くの方に品質の安定した製品をお届けできるようになりました。

障がいの理解には教育が大事と感じたと語る佐竹さん

オットーボックジャパン モビリティソリューションズ事業部 中島 浩貴(以下、中島)

東京2020大会への取り組みについて語る中島さん

創業者の名前が実はオットーボックなんです。彼が掲げていたモットーが「Quality for life」。「より良い生活のためのより質の高い製品を提供する」というのをミッションとしています。ユーザーの方々の生活って何なんだろうと考えたとき、結局生きている意味をどうやって導き出すか、そこがゴールだと思います。ゴールはいろいろとあると思うのですが、近年はスポーツにおける役割が大きくなっていると感じています。スポーツというものは自分にとっても大きな目標となりうるし、加えて第三者の目標にもなりうる。ですから、そこをサポートするというのはまさに私たちの会社が取り組んでいることをスポーツという一つの軸をもって体現するということ。パラリンピックに対するサポートは、ある意味私たちの存在意義をもう一度見つめなおすために行っているとも言えるかもしれません。社員のモチベーションアップのきっかけにもなっています。

義足や車いすはステータスにもなりうる、自分の存在を高めていくアイテム

2020年に向けた特別な取り組みはありますでしょうか?

佐竹

オットーボックは2012年のロンドン2012大会以降、アンバサダーとしてロンドン2012大会、リオ2016大会の金メダリストであるハインリッヒ・ポポフ選手を招いて全世界で「ランニングクリニック」を開催してきましたが、東京2020大会が決定したことで、2015年から日本でもクリニックを開催しております。下肢切断の方にスポーツ用の義足を3日間履いていただいて、最後に走れるようになってほしいという願いを込めた取り組みです。ポポフ選手とあと山本篤選手に指導していただいています。
皆さん一様に感動していただいて、様々なコメントをいただいています。例えば、「切断をして何十年間走ることができなかった。何十年かぶりに両足が宙に浮く感じを味わいました」といった......実は私たちが一番感動しているかもしれません。

「ランニングクリニック」の様子

もう一つには、子どもたちへの教育活動があります。ポポフ選手が来日する際には必ず小学校を訪問していただき、皆さんに義足とは何か、障がいとは何か、障がいのある方も実は健常者と何も変わらないんだよ、ということを実感してもらっています。
あるお母さんに伺った話がとても印象的だったのですが、家でテレビを観ていて、お子さんが障がい者を見て「この人かわいそうだね」と言ったらしいんです。そうしたらその子のお兄さんが、「かわいそうじゃないんだよ、あれはあの人の個性なんだよ」と言ってくれたそうです。大人にもその考え方が浸透していかない中、小学生のお子さんがそういう考えを持ってくださった。教育の大事さを改めて感じました。その小学校はポポフ選手が訪問したのを契機に、パラリンピックの取り組みを様々な形で実践してくださっています。

子どもたちへの教育活動も大切にしている

体験は車いすに対する意識を変えるきっかけに

そういう手ごたえのようなものを感じると本当にうれしいですよね。車いすを使った取り組みについても教えていただけますか?

中島

先日の東京2020 Let's 55、パラリンピック1年前スペシャルなど、実際に車いすの体験をしていただく取り組みを行っています。知らないものに対する理解ってなかなか難しいことですが、実際に体験していただくことで新しい世界を知るよいきっかけになると思います。もう一つの考え方としては、車いすに対する意識を変えるということにもなる。車いすは、むしろステータスにもなりうる。ブランド品を持つのと同じで、どこのフレームで、どこのホイール、どこのタイヤを使っているのか、この車いすかっこいいでしょ、とか一般の方々のモノに対する感覚と同じなんです。生活の幅を広げ自分の存在を高めていくアイテムになりますし、パラリンピックを通じてそういった感覚を認識してもらえるようになるのでは、と思っています。単純な発想の転換でモノの価値も変わってきますし、それは「人」の価値にも直結していくものではないかなと考えています。スポーツはそういった発想の転換を見せやすいテーマであるのかなと。

車いすの体験をしていただく取り組み

東京2020パラリンピックでは14カ所の競技会場に修理ブース

過去大会でのサポートの様子について教えてください。

中島

一つの大会で延べ2000件以上の修理をこなしています。リオ2016大会では2480件の修理案件がありました。修理のサポートがないとパラリンピックが大会として成り立たない状態、それは競技そのものの質が高まっている結果なのだと思います。なぜそのサポートをオットーボックができるかというと、義足と車いすと装具を事業展開している会社は世界でもほぼ無いからです。リペアブースにはありとあらゆる修理が舞い込んでくるのですが、それらをすべて一社で対応できるのは事実上オットーボックだけ。また多言語で対応できるという強みもあります。大会時には世界中の支社からスタッフを集めて、選手の国の言語で対応するようにしています(東京2020大会時は26言語での対応を予定)。

経験の蓄積によって支えられた技術で数多くの修理をこなす

大会時にはどのような修理が多いのでしょうか?

中島

一番多いのは車いすの修理です。タイヤを交換する、ねじを締めるなど、車いすはかなり過酷な使い方をしますので、コンタクトスポーツ(接触のある競技)では破損する可能性が高い器具です。

東京2020大会ではどこにリペアブースを設けるのですか?

佐竹

今回はビレッジプラザに作る予定です。加えて14カ所の競技会場にも小さな修理ブースを設けます。道具の医務室だと思っていただけるとわかりやすいと思います。

中島

車いすバスケットボールや車いすラグビーなどは、壊れた機器が直ればゲームに戻れるケースも多くあるので、何とかしてこの選手をゲームに戻したいという思いも伝わりますし、非常に緊張感があります。また、修理のスピードも求められるので、経験の蓄積によって支えられた技術かなと思います。

壊れた機器が直ればゲームに戻れることもあるので、スピードも求められるという

そういうお話を伺うと、本当に選手のパートナーなんだなと感じます。大会の中で感動したことや、やって良かったと思われたエピソードはありますか?

中島

全部ですね。パラリンピックの選手村って、健常者の方が圧倒的に少ないんです。そういう空間が成り立つということがそもそも感動的なことです。

佐竹

私もリオ2016大会ではレセプションにいたのですが、選手団が入村してくると、まず私たちの修理ブースに最初にいらっしゃるんです。というのも、輸送中に車いすのピンが無くなってしまったと言って慌てていたり、自国でちゃんとしたメンテナンスを受けられない選手がいたりするので、大会が始まる前に万全にしておきたいという思いがあるのだと思います。

中島

選手に、壊れても大丈夫だ、と安心してもらえることが一番よいことだと思っています。もし壊れたらどうしようと思っていては良いプレーはできないので。そういった安心感を提供することは、おそらく医療と同じようなことなのかなと。

選手にとっては駆け込み寺的な存在なんですね。

佐竹

それは選手の中で定着しているみたいです。

車いすや義足のユーザーさんや選手の皆さんに東京2020大会を楽しんでほしい

ダイバーシティ&インクルージョンの実現で必要なこと、その力がどのように社会に影響するのかお聞かせください。

中島

パラリンピックが東京に来るということそのものが大きいと思います。今までいくつかの大会を経験した中で、こういったことが東京で起こったらどうなるのかといつも思っていました。世界各国から集まる選手が街に出た時のことを、東京、日本はどのように受け止めるのかなと。これまではどうしてもパラリンピックは興味がある人が見て盛り上がるという状況があったと思います。スポーツとして、かなりレベルの高いところまで上がってきた段階で東京にパラリンピックが来るというのは、今まで関心がなかった方にも届けるチャンスがあるし、テレビでオンエアされて観るチャンスもあるし、そこは大きな盛り上がりを今から期待しています。

障がいが個性の一つとしてとらえられる社会になっていってほしいと思いますが、これまで様々な方と関わってこられた中で個人的な思いをお聞かせください。

中島

ただ「個性」というのも違和感があるとは思います。その方が納得して初めて「個性」と呼べるのかなと。変な例えですが、あなたは不細工です、それはあなたの個性ですと言われても誰もそれは受け入れられません。自分から発していくものに対して周りが認めてくれないとそれは難しいのかなと。また、障がいという型にはめようとされている状況もすごく感じていて、一口に障がいと言っても当たり前ですが一人ひとり異なるので、垣根にこだわらない考え方がすごく重要だと思います。
日本人は、いつも引いて相手との距離をはかってバランスを取っている気がします。私も我慢するからあなたも我慢してください、それが当然ですよね、というような。でも海外では、逆にぶつかり合ってバランスを取っている印象があります。どちらが障がい者を助ける時に効果的かというと、海外の考え方の方だと思います。お互いの意見や立場をぶつけ合えば情報発信されてお互いを認めようとするでしょう。その方がインクルーシブの考え方に近いと思います。「私が存在するということをあなたに認めさせる」ということは、「あなたの存在を私が認める」ということでもあるのです。

東京2020大会への思いを語る中島さんと佐竹さん

なるほど......東京2020大会に期待することはどういったことでしょうか?

佐竹

障がいを持った方も健常の方も、お互いの理解を深めて、住みやすい社会になる一つのきっかけになればいいなと思っています。

中島

車いすや義足のユーザーさんや選手の皆さんに楽しんでほしいと思っています。「楽しむ」ということが体験できるのがスポーツの特性だと思いますし、見る側の盛り上げ方もパラリンピックは特別だと思います。パラリンピックですから、そのパワーは必ずあると思います。

全世界が注目している大会という意味で特別ですよね。オットーボックの皆さんの思いが選手に伝わって、選手の思いが大勢の人に伝わって、障がいの垣根がなくなる瞬間が何度も訪れるといいなと思います。

笑顔と技術でアスリートをはじめ人々の道具と心を支えるサポーターとして

パラリンピックの期間中、車いすや装具などの修理を2000件以上こなされてきたオットーボックさん。多言語での対応や競技中のスピーディーな修理など、経験により培われた技術が選手たちの支えになっています。お二人のお話をお聞きして、選手が安心してプレーに集中できるよう、また人々が楽しく暮らせるよう、これからも大切なサポーターとして寄り添い続けていただきたいと思いました。