「将来、LGBTや障がいという言葉がなくなり、支え合える世の中に」クリエイティブディレクター・小橋賢児さんインタビュー(後編)

東京2020 NIPPONフェスティバル「共生社会の実現にむけて」

クリエイティブディレクターの小橋賢児さん

東京2020 NIPPONフェスティバルの4つの主催プログラムの一つ「共生社会の実現に向けて」のクリエイティブディレクターを務める小橋賢児さん。「スポーツと文化」、描く未来像についてなど語っていただきました。

祝祭感の中なら、内なる本当の自分を出せる

芸術とスポーツが組み合わさる意義についてはいかがですか?

文化オリンピアード(オリンピック・パラリンピックの文化プログラム)に関しては、個々がさらに持っている可能性はたくさんあるので、そこで動ける人は動く、動かず静止しながらでも素晴らしいものを作れる人たちもいるので、そこが合わさったときに今まで見たことがないような世界が生まれてきますし、自分自身にとってもこれはチャレンジだと思うんですね。みんながチャレンジしないと新しい文化芸術を作ることはできない。チャレンジしていく過程の中で生まれていく物語は本当に、未来につながる物語のきっかけになると思うので、人間が持つ肉体の可能性と精神の可能性が交じり合ったときに生まれる新しい文化、レガシーになっていく文化を作っていきたいと思っています。この時代に、泥臭くチャレンジしていこうと思います。

人によっては「文化プログラム」というと少し硬いイメージを持たれる人もいるかもしれません。どのような工夫をして様々な年代の方へアピールしたいと思いますか?

僕自身もそうなんですけど、日本人ってこう、気を遣うっていう素晴らしい文化がある一方、気にするという部分があって、恥ずかしいので普段は本当の自分自身を出せない。それでも祝祭感、祭りの中だと、自分の一歩を越えるような内なる自分を出せたりする。何かと交わって新しい体験をすることで自分自身の本当に気になるものが出てくる、自分自身と向き合うことができるんじゃないかなと思っています。ヴィヴィアン佐藤さんのドラァグクイーン体験も、普段鎧をかぶっている自分だけでは気づけなかった自分というものに、仮装や変装することによって気づく。本当の内側の自分自身と向き合うきっかけになります。そういったプログラムも含めていろんな所で準備していきたいと思います。

準備していく中で、難しい部分はどんなところでしょうか。

本当にすべてが難しくて、「共生社会」「ダイバーシティ」という言葉もそうなんですけれども、言ってしまえば言ってしまうほど、当事者からすると遠くなってしまうような言葉でしかないと思うんですね。でも言わないと説明がつかない。僕自身が本当に思っているのは、将来的に「LGBT」、「障がい」という言葉がなくなることなんですね。ヒューマンとして生き物として人間だけじゃなくて全てがつながっている生命体として、この宇宙を航海している自分たちは宇宙船地球号に乗っている、航海している仲間。垣根のない世界を作るために、まだ今はきっかけの一端で、どうしても説明として言葉で言わなくてはいけないのですが、言葉で理解してもらうのってなかなか難しい。違う考えもある。多様な考え方がある中でも、できるだけ対話やヒアリングをしていきながら作っていきたい。間違っても「間違ってごめんなさい」と言いながら、一緒に正して、支え合えるような世の中になっていたらいいなと思います。

その宇宙船地球号の船長を小橋さんが務めるのですよね。

僕一人が船長というとすごくおこがましいですけれども、みんなで一つひとつの舵を取れるように一緒の船に乗って行けたらいいなと思います。

「この宇宙を航海している自分たちは宇宙船地球号に乗っている、航海している仲間」

参加させていただくことは僕にとってもチャレンジ

少し振り返っていただきます。ディレクターを務めることに決まったとき、どのように感じられましたか? どういう思いで臨もうと思われましたか?

あまりにも壮大だなと思いました。非常にセンシティブで難しい問題と正直、思いました。僕自身も身内に障がいを抱えている人がいたり、自分自身が監督した映画でも障がいを持っている車いすの男性と一緒に旅をしたり、昔からいろんな多様な方たちと一緒に生活してきました。一方で全くそういう生活をしてきていない人たちや意識していない人たちも少なからずいます。対話してみるとそれぞれいろいろ抱えているものがあり、大きくLGBT、障がいと分けられるものだけじゃない多様な考えや生き方を持っている。それは個性なんですけれども、それが個性と認められずに生きている人たちもいっぱいいるので、少しでもそういう方々を含め、気づきのきっかけの一員になれるのであれば、こんな僕でよければ参加させていただいけたらと思いました。

僕自身も自分自身のアイデンティティをいくつも渡り歩きながら、振り返ればこれが僕の人生だったなと思うような経験をしてきたので、そういうきっかけになるのであれば、喜ばしいことなのでチャレンジしてみようと思いました。参加させていただくことは僕にとってもチャレンジだと思っています。

そうして実際に始められていかがですか? 東京2020大会へ向けたディレクションは楽しいですか?

はい。そうですね。たくさんいろんな方たちに出会いましたし、お話もお聞きしました。ああこっちにフォーカスするとこっち側の考えもある、こっちを気にするとこんな考えもあると最初、今もそうですけれども、出口のない迷路のようになるんですけれども、そうしていくうちになにかどこかで削ぎ落とされた本質が見えてくる。そこが一つのきっかけになればいいと思っています。

2020ってまだ想像ができていないと思うんですよ。たぶん僕らが未だかつて人類が体験したことのないようなことがあり、特に日本にいる人たちは世界中からいろんな人が来て、いろんな文化があっていろんなイベントが同時に行われて、そこでいろんな体験をして、めくれるように自分の意識が変わっていく。その中で本当の自分や、これから自分がどう生きるのかということが気になっていくと思うので、これは本当に楽しみな始まりです。

出口のない迷路のようになることもあるが、「本当に楽しみな始まり」と小橋さん

死のふちを彷徨った体験からの復活で

何がきっかけでプロデュース、ディレクターに興味を持たれたのですか?

8歳から27歳まで俳優やっていて、なんとなく子どもの時は、内なるwant toで自分のやりたいと思ったことが形になっていた。俳優という人に見られる仕事になったときに、「俳優だからこうしなければならない」「俳優だからこうしちゃいけないんだ」とhave toな自分になってしまった。もう少し自分の可能性があるんじゃないかと思って、27歳の途中で俳優を休業して世界中を回って多様な文化に触れて、そうしたら心のリハビリかのようにいろんな自分というのが出てきて......日本に戻ってきていろいろチャレンジしたんですけれども、現実はうまくいかず30歳直前に貯金も底をつき、一回全てを失って、病気になる、死のふちを彷徨うといった体験をしました。

そこから自分の誕生日をプロデュースするということで復活を遂げようとして、そういう小さなたった一つのきっかけがイベント作りにつながって。人々に気づきのきっかけの場を作りたいというのを自分の人生にしたいと思うようになりました。それのアウトプットがたまたまイベントだったりフェスだったりという体験につながっていった。僕の思いは、人々に気づきのきっかけの場を作りたい、それだけなんですよ。そのアウトプットが、今、目の前の出会いの中でできる、こういう作品になってるいというだけです。その中でこういう素晴らしい機会をいただいているので、僕にできることがあるならば、思う存分やりたいと思っています。答えを教えるなんておこがましいと思っていて、それぞれに自分の人生を創造する権利がある、クリエイトする権利があるので、創造するきっかけの気づきを作りたいと。そこで皆さんが感じたものが、それぞれの行動に日常や人生に生かされていったときに、本当の意味での共生社会っていうのが未来にできあがっていくんじゃないかなって思います。

世界中を回るうち自分のリミッターが外れていった

世界各地を回ってこられた経験は、生かされていますか?

僕自身、正直、日本にいるときには「日本の文化は好きじゃないな」と思っていたんですけれども、世界に行って、僕らからすると、ある意味非日常だったり、ある意味自分の固定概念からすると非常識だということもいっぱいあって。そんな中で、狭い中にいた自分を知ってどんどん自分の殻と言うかリミッターが外れていったんです。そうしていくうちにだんだんだんだん、世界が多様でこんなに広いんだ、こんないろんな意識があってこんな考えがあって、いろんな文化があるんだと思うようになって、ああ、こんなにいろんな文化を受け入れることができた日本の魂、八百万神(やおよろずのかみ)もそうですけど、さまざまなものを受け入れるという日本の民族って素晴らしいなと思うようになって、日本の美しさとか四季とかを受け入れたり、音楽や文化もすごく好きになっていきました。

僕にとっては、世界中を回ってそういう体験をしたことによって気づいていったので、東京2020というタイミングでは、世界中からいろんな人たちや文化が一緒に運ばれてくるので、物理的に世界に行けない人たちも影響を受けて、僕らが変化して新しいコンテンツを作り上げる。それは非常に大きな意味のあることですし、僕にとってもものすごく楽しみな年。世界にいった経験は生かされていますし、また2020年にはもっと生かされるんじゃないかなと思っています。

最後に「東京2020大会」への思いをお願いします。

2020というのは日本が世界を向き世界が日本を向く、またとない機会だと思っています。その中でスポーツだけじゃなくてさまざまなプログラムや、文化プログラムを通じて人々が交ざり合い、今まで知らなかった興味がなかった体験や経験をしていく中で自分の意識が変わっていく。その意識が変わった先に本当に内なる自分のやりたいことや作りたい世界が生まれてくる。

無限に広がる宇宙というものをつかさどる一人ひとりの思いができあがっていくきっかけだと思うので、その一部にこの東京2020 NIPPONフェスティバルがなると思うんです。その一部になれるように、さまざまな文化、さまざまな体験、そして異なる人たちが一緒に連なりあって今までにない美しいハーモニーを作れるように努力したいと思います。いろんな参画の方法を考えますのでぜひ皆さん、一緒に参画してほしいと思います。

東京2020 NIPPON フェスティバルとは

世界の注目が日本・東京に集まる2020年4月頃から9月頃にかけて実施する、東京2020大会の公式文化プログラムです。日本が誇る文化を国内外に強く発信するとともに、共生社会の実現を目指して多様な人々の参加や交流を生み出すことや、文化・芸術活動を通して多くの人々が東京2020大会へ参加できる機会をつくり、大会に向けて期待感を高めることを目的としています。

東京2020 NIPPONフェスティバル