日本バスケ界の「未来」につながる勝利を 田中大貴選手×竹内譲次選手インタビュー

今年3月、バスケットボール男女日本代表の東京2020オリンピック出場が正式に決まりました。2大会連続の女子とは対照的に、男子は実に44年ぶりの出場。開催国でありながら、承認が得られていなかったのは、長く続いた国際大会での低迷が1つの原因でした。しかし2月、21年ぶりに自力でワールドカップの出場権を獲得したことが追い風となり、悲願成就に至りました。

6月下旬、東京2020組織委員会が主催した「東京2020算数ドリル」実践学習会に、バスケットボール日本代表候補の田中大貴選手と竹内譲次選手が参加。その学習会後、お二人に東京2020オリンピックへの思いや、そこにたどり着くまでの道のりなどを伺いました。

東京2020算数ドリルとは

田中大貴選手(左)と竹内譲次選手が東京2020オリンピックへの思いを語ってくれました

AIシュートロボットとの対決には完敗……

本日は実践学習会にご参加いただき、ありがとうございました。バスケットボールなどの競技を活用して算数を学ぶ「東京2020算数ドリル」や、こうした取り組みについてどう感じましたか?

田中大貴選手(以下、田中)
算数だけの授業ではなく、体を動かしながら学ぶことによって、普段とは違う良い刺激を受けられると思います。子供たちにとっても机で勉強する普通の授業だと1回では覚えられないことも、こういうやり方だったら頭に残ると思うので、良い機会だなと感じました。

竹内譲次選手(以下、竹内)
ただ授業をするだけではなく、レクリエーションのような形で学ぶことは、すごく記憶にも残りやすいと思います。今回はシュートの成功率を求めるという授業でしたが、バスケットボールはそれが数字として出るスポーツでもあるので、非常にマッチしていたと思います。

3ポイントシュートを放つ田中選手

ダンクを披露する竹内選手

AIシュートロボット「CUE3」

今回はAIシュートロボットの「CUE3」(キュースリー)と3ポイントシュート対決を行いました。日本の最先端AIテクノロジーがスポーツエンターテインメントに活用されることについてどう思いますか?

田中
CUE3が3ポイントシュートを決めるたびに、子供たちが盛り上がっていましたよね。その正確性はあらためてすごいと思いました。東京2020オリンピックでも会場でCUE3がパフォーマンスを披露すれば、お客さんたちもきっと盛り上がるし、大会自体もさらに良いものになるんじゃないかと思います。

竹内
いずれAIが社会を変えると言われている世の中で、日本の技術力が世界のスポーツシーンでも披露されるのはうれしいですね。ただ、プロの選手としては機械であっても、競技の技術では負けたくないという思いもあるので、子供たちにとって憧れの存在でいられるように頑張りたいと思います。

今回の授業ではCUE3に敗れてしまいましたが、実際に3ポイントシュートは……(CUE3が100%の成功率を誇ったのに対し、両者は計8本中2本の成功にとどまりました)。

田中
見ての通りです(苦笑)。練習しないとダメですね……。

竹内
僕もそんなに得意じゃないのですが、バスケットボールのトレンドとしては3ポイントシュートの占める比重は大きいので、もっと努力をしないといけないなと思います。今は(竹内選手のポジションである)センターの選手も普通に3ポイントシュートを打つ時代ですし、自分も効率的に決められるようになりたいと思っています。

田中選手「小さな子供たちに夢を与えたい」

今年3月に東京2020オリンピックに開催国枠として出場することが正式に決まりました。そのときはどのような気持ちでしたか?

田中
男子代表は、開催国枠で出場できるのかずっと分からないままで、早く決まってほしいという気持ちはありました。出場できることが決まったときはすごくうれしかったですし、また1つ自分のモチベーションが増えました。自分がオリンピックに出て活躍し、小さな子供たちに夢を与えられたなと思っています。

竹内
僕はこれまで何度もオリンピック予選を戦ってきたのですが、惜しいところにさえ行けていなかったので、開催国枠とはいえ、無事に出場が決まったことにホッとしています。僕は今34歳なので、最初で最後のチャンスという思いでしたし、本当にうれしかったです。

東京2020オリンピックは「最初で最後のチャンスと語る竹内選手

2014年に国際バスケットボール連盟から、各年代の日本代表チームに国際資格停止処分が科されました。そのときは東京2020オリンピックに出場できると想像できていましたか?

竹内
日本のバスケットボール界にいろいろ問題があったからそういう処分を受けたと思うのですが、正直、選手はプレーするだけなので、何があってもプレーに影響させないようにはしていました。東京2020オリンピックについては、それ以前にリオデジャネイロ2016オリンピックがあったので、僕はそこに出たいという気持ちが強かったですし、あまり強く意識はしていなかったです。

田中
男子バスケットボール界がなかなか結果を出せない中で、さらにそういうニュースが出てしまい、プレーしている選手としては辛かったですし、なんとか早く問題を解決できればと思っていました。そんな状態だったので、東京2020オリンピックのことも全く想像できていなかったです。

2014年当時、「東京2020オリンピックのことは想像できなかった」と話す田中選手

2つに分かれていたリーグが1つに統合されて、どういう部分が一番変わったと感じますか?

田中
分かりやすくなったと思いますし、川淵三郎チェアマン(当時)が動いてくださったおかげで、リーグの開幕戦も地上波で放送されました。チームや選手の認知度も徐々に上がってきているのかなと感じます。そういう効果もあり、リーグも年々良くなっているイメージがあります。

竹内
やはり注目度が違いますよね。昔は日本一を決める試合でも3000人くらいしか入らなかったと思うのですが、先日のチャンピオンシップ決勝はチケットも完売したと聞きました。それだけバスケットボールに注目する人が増えましたし、人気も上がってきたと思います。そういう環境は選手にとってありがたいものになってきたなと感じます。

竹内選手「オリンピックでは1つでも多くの勝利を」

ワールドカップ予選は4連敗スタートでしたが、そのときはどういう気持ちでしたか? 先のことは見えていたのでしょうか?

竹内
いや、見えていなかったですね。やはり辛かったです。いろいろな質問をされるじゃないですか。そこでも何も言えないというか……。正直、「ここから巻き返すので」ということも言えなかったです。それくらい重い空気、雰囲気でした。

田中
自分もそうでした。本当に崖っぷちでしたし、リーグが盛り上がっている中で、代表がつまずいていたら、それがリーグの人気にも影響してくる。危機感しかなかったですね。

選手同士ではどういう話をしていたのですか?

竹内
問題から逃げていたわけではないんですけれど、代表チームはずっと一緒にいるわけではないので、「こうしていこうぜ」という話をする機会はあまりなかったように思います。いかんせん頑張るしかない中で、結果がすべての状況でしたし、シーズンも続いていたので、自分の所属クラブに戻り、さらに自分を高めること、そして代表チームの力になるためには何が必要なのかを各々が考えていたという感じでした。

日本バスケットボール界の未来を懸けて、代表チームは東京2020オリンピックに臨みます

その後、怒涛の8連勝で出場権を獲得しましたが、何がチームを変えたのでしょうか?

田中
もちろん良い選手が代表に入ってきたというのもあると思うのですが、4連敗した後も、国内に残っている選手たちは、ずっと合宿を重ねて、強化を続けていました。先が暗くなったからと言って、誰も諦めなかった。それがその後の8連勝につながったと思うので、本当にみんながやり続けた結果だと思います。

竹内
今は八村塁選手が話題になっていますし、そういう素晴らしい選手が加わったことで助けられた部分は大きいです。それに加えて国内でプレーしている選手も「彼らだけではなく、僕らももっと頑張らなければいけないな」と良い影響を受けたのもあります。こうした相乗効果でチームのレベルが1つ引き上げられたのかなと思います。

東京2020オリンピックでの目標を教えてください。

田中
まだ自分が東京2020オリンピックの舞台に立てると決まったわけではないですが、激しい競争をしっかり勝ち抜いて、代表メンバーに選ばれるように頑張りたいと思います。自分の生まれた国でオリンピックが開催されて、それに出場できるチャンスなんてこの先ないでしょうし、東京2020オリンピックでプレーしている姿を見せることが、今までお世話になった方たちへの恩返しになると自分は考えています。だから何としてもコートに立って、活躍したいと思っています。

竹内
ただ開催国として出場するだけではなく、今まで僕らがやってきたことをどれだけコートで出せるかで、日本バスケットボール界の未来が決まってくるんじゃないかと思います。これからの人気につなげていくためにも、1つでも多くの勝利を重ねていきたいです。

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