スクランブル交差点を三歩で!? 人間離れした陸上の魅力 戸邉直人選手×山本凌雅選手×土井杏南選手(鼎談前編)

いかに速く走り、いかに高く遠くへ跳び、投げるか。陸上は己の肉体を駆使し、人間の限界に挑む競技です。選手たちは日々、過去の自分を超えようと研鑽(けんさん)を積み、まだ見ぬ記録を追い求めています。そんな陸上の魅力を選手たちはどう考えているのでしょうか。鼎談(ていだん)の前編ではJALのアスリート社員で、2月に男子走高跳の日本記録を更新した戸邉直人選手、男子三段跳で世界大会の出場経験を持つ山本凌雅選手、ロンドン2012オリンピックに出場した女子短距離の土井杏南選手が、競技の魅力について語り合いました。

JALのアスリート社員である(左から)山本凌雅選手、土井杏南選手、戸邉直人選手が競技の魅力について語り合いました

中学生で11秒61をマーク「怪物か」

陸上は競技種目がたくさんある中で、なぜ今の種目を選んだのでしょうか?

戸邉直人選手(以下、戸邉)
僕の小学校には、陸上だけをやるクラブではなかったのですが、春には市の陸上大会があるので陸上を、夏にはサッカー大会があるのでサッカーを、という運動全般をやるクラブがあったんです。そのクラブで、陸上をやったときに走高跳と出会ったのがきっかけです。ただ、最初は走幅跳をやっていました。というのも小学校の体育の授業で走幅跳をやり、クラスで一番跳べたので「面白いな」と。でもクラブの顧問に「走高跳もやってみたらどうだ?」と勧めていただき、始めることになりました。

土井杏南選手(以下、土井)
私は小学校5年生のときに短距離を始めました。もともと走るのが得意でしたし、私が住んでいた市にはなかったのですが、隣の市に陸上クラブがあったので、そこに入りました。全国小学生陸上競技交流大会が毎年夏にあるんですけれど、それに出たくて始めて、6年生のときに2位になったんです。それで今も続けています。

「怪物か」と思われるくらい、土井選手の走るスピードは同世代でずば抜けていたそうです

山本凌雅選手(以下、山本)
小学生と中学生の100メートルの記録、僕は負けてますからね。何秒だっけ?

土井
中学生のときは11秒61だった。

戸邉
僕は中学生のときに11秒61では走れなかった......。

山本
僕もですよ。めちゃくちゃ速いよね。怪物かと思った。

土井
あんまり負けたことはなかったですし、もう短距離しかないという感じでしたね。

山本
僕が三段跳を始めたのは高校1年生でした。ハードルで高校に推薦入学したのですが、急にハードルの高さが上がったんです。「ちょっと高いな」と思って、止めました(笑)。それで砂場の方に逃げていったんです。まずは走幅跳をやって、最初の試合で県3位になりました。走幅跳の記録はどんどん伸びていったのですが、隣で先輩が三段跳びをやっていて「楽しそうだな」と思い、僕もやってみたら、先輩に勝ってしまいました。その勢いで試合に出たら、日本ユース陸上競技選手権大会の参加標準記録を突破しちゃったんですね。それで「始めるしかない」と思って今に至っています。

「自己ベストは日本記録」と言いたい

2月に男子走高跳の日本記録を更新した戸邉選手

陸上は記録も求められます。皆さんは記録とどのように向き合っていますか?

戸邉
陸上は記録があることが魅力の1つだと僕は思っていて、これが他のスポーツだと人との勝負になります。それももちろん魅力ではあるのですが、過去の自分との戦いであったり、自分が設定した目標に向けて頑張るのも記録があるからです。それが魅力の1つだと思っています。

土井
そうですね。ただ、記録ばかりにとらわれてもいけないと思っています。私は自分の走りを貫くことで、記録は付いてくるものだと捉えています。

山本
僕は記録を目標にするようにしているんですよ。順位や優勝ではなく、記録を目標にすることで結果が付いてくるイメージなので、ずっと記録を目標にしてやってきました。そういう意味で記録があるというのは僕の中で重要になっています。

土井
私は一緒にスタートするので、他の選手に負けるのも嫌ですね。自分が一番でゴールをしたい。

山本
順位を気にするなは難しいね。一斉スタートだからそこは違うかもしれない。

戸邉
僕もどちらかと言ったら記録メインなのですが、今聞いていて思ったのは、陸上選手同士で自己紹介をするとしたら、自分の名前、所属に加えて自己ベストを言うんです。この大会で何位とかは言わなくて、「走高跳で2メートルいくつです」という感じで。そういう意味で記録というのは、陸上選手にとってパーソナリティーの一部になっているものですね。

2月に2メートル35センチという日本記録を出したばかりですし、自己紹介をするのも楽しいですね。

戸邉
はい(笑)。ただ、記録を出してすぐにそういう機会があると何か違和感があるんですよ。今もちょっと「そうか、俺は跳んだんだ」と思うくらいです。

山本
いいですよね、僕も自己ベストが日本記録と言いたいです。

土井
私も。

山本選手は日本歴代6位、土井選手も日本歴代7位タイという記録を持っていますが......。

山本
いや、ちょっと弱いです。しかもイメージしにくい。

土井
あんまり分からないよね。1位の選手の名前は知っていても、2位以下だと覚えていない。

山本
反応も困らせる。6位か......と。そういう意味でも日本記録はうらやましいです。

記録を出したことによって、それに苦しむことはありますか?

戸邉
調子が悪いときはどうしても過去の自分と比較してしまうんですね。「あのときは、ああだった」と。記録に苦しむときは、とことん苦しみます。

土井
私も100メートルに関しては高校2年生のときに自己ベストを出して、それからもう6年出していないんです。これまでは「またこんな記録か」と過去のタイムと比較をしてしまったのですが、今シーズンはそういうのをやめようと思って、今変わっている途中です。

山本
やっぱり一番苦しむのは調子が悪いときですよね。他のスポーツだったら相手に勝てば、というのもあると思いますが、僕らは記録で全て評価されてしまうので、そういう面では苦しいなと思います。

三段跳は1986年以降更新されていない日本最古の記録です。

山本
だから何としてでも記録を更新してやろうという気持ちが強いです。学生のうちに日本記録を更新しようと思っていたのですが、なかなかうまくいかなかった。今も超えたい気持ちは強いです。

スクランブル交差点を三歩で渡れる!?

三段跳の魅力は「人間離れしている動き」と語る山本選手。渋谷のスクランブル交差点を三歩で渡れるとも!?

皆さんが考えるご自身の競技の魅力は?

山本
三段跳は人間離れしている動きですね。日常生活に例えると、走幅跳は生かせると思うんですよ。例えば川があったとして、それを飛び越えるときに使える能力じゃないですか。

戸邉・土井
(笑)。

山本
100メートルだったら、逃げるとか追いかける力になる。走高跳も高い所に上ったり、越えていくとかがある。三段跳はないんですよ。思いつきますか?

戸邉・土井
いや......。

山本
ですよね。人間離れしているんです。それこそ例えで言うと、渋谷のスクランブル交差点を三歩で渡れる距離なのですが、そういうときにしか使わないです。

実際にやられたことは?

山本
いやいや、ないです(笑)。助走が足りないですし、コンクリートで危ないので。そういう意味では誰もができる動きではないと思います。同じ足で2回(ホップとステップは同じ足で連続して行う)も何メートル、何メートルと跳ぶのは難しいと思うので、そういうところは見ていて「すごい」と感じてもらえるのではないかと思っています。そこが魅力です。

土井
100メートルは一瞬で、走る人もそうですけれど、見ている人も緊張する。テレビ越しでも緊張感が伝わるのが100メートルだと思いますし、スタートからゴールまで失敗することができない、一発勝負の世界です。一瞬で盛り上がるし、そこが魅力ですね。

山本
観客と一体になれるというのもあるよね。

土井
そう、一体化するのもいい。

山本
三段跳も手拍子があって、そういうところで一体となれるのもいいです。

戸邉
走高跳は、背面飛び独特の動きに美しさあって、そこが1つの魅力なのかなと思います。あとは100メートルとは逆に、走高跳は3回連続失敗しなければ、ずっと競技を続けられる。それも魅力の1つだと個人的には思っています。

2メートル35センチを背面で跳んで、恐怖心は出てきたりはしないのですか?

戸邉
バーが上がっていくと、だんだん恐怖心は出てきます。バーを落としたところで死ぬわけではないし、ケガをするわけでもないんですけれど、高くなってくるとだんだん構えてしまう。それをどう力まずにできるかというのがすごく大事になってくる競技です。

跳んだ瞬間、国立競技場のスタンドから笑いが......

戸邉選手(右)が走幅跳で跳んだ瞬間、国立競技場では笑いが......

陸上で、他の種目をやるとしたらどの種目をやりたいですか?

山本
僕はいろいろやっているんですよね。ハードルや走幅跳もやっていましたし。

土井
10種競技とかできそうだよね。

山本
やり投も試合に出たことあるし、棒高跳もやったことある。

戸邉
へぇ、すごい。

山本
でも足が速かったら、やっぱり100メートルかな。何か独特な雰囲気があっていいなと。みんなが注目するし。なかなかフィールドだとああいう雰囲気は作れないから、それはうらやましい。

土井
私は走幅跳かな。

戸邉
できそうじゃない?

土井
うん、本当は小学生のときに走幅跳をやりたかったんですよ。でも短距離を走ったら、そっちの方が良かったので、やらせてくれなくなってしまって......。私の祖父がもともと三段跳の選手で、体力測定とかで立幅跳をやると、「こうやるんだ」とすごく言ってきたんです。祖父が三段跳の選手ということを当時は知らなくて、後に雑誌を読んでいたら祖父が載っていたんです。それで「なるほどそういうことだったのか」と。もともと走幅跳がやりたかったので、やってみたいです。あとはハードルかな。

山本
スピードは全部生かせるしね。1つの種目をずっとできるのはすごいと思う。僕は飽き性なのですぐに変えちゃう。小学生のときはハードル、走幅跳、100メートル、リレーなんかもやって、ほぼ全てやった。

土井
それもすごい。

山本
いや、1つの種目を突き詰めるのもすごいでしょ。戸邉さんも基本はずっと走高跳ですよね?

戸邉
それがちょいちょい走幅跳にも出ていたんだよね。関東インカレは走幅跳でも出たことがある。

山本
えっ!?

土井
見てみたい。

戸邉
下手すぎて、僕が跳ぶと国立競技場のスタンドから笑い声が起きるという......。

山本・土井
(大爆笑)。

山本
足の長さで前に体を投げるだけみたいな。

戸邉
本当にそんな感じだよ。

山本
へぇ、そうなんだ。

土井選手のように1つの種目を突き詰める人もいれば、山本選手のようにいろいろな種目をやった末に今の種目にたどり着く人もいるんですね。

土井
まだたどり着いていないかもしれないですよ。

山本
いやいや、僕の場合はたどり着いたというか、記録が出ちゃったパターンなんですよね。もう少し僕はいろいろな種目をやりたかったんです。

土井
逆にやっていないのは何? 400メートルとか?

山本
いや、400もあるんだよね。400メートルハードルもあるし、円盤投げもやった。800メートルがないかな。

戸邉
そんなにいろいろやっているなら10種競技も全然できるね。

山本
30歳くらいになってたどり着いた先が10種競技になるかも(笑)。

(後編に続く)

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