インタビュー:第2回「NPCオープンデイズ」ルワンダ編

ロンドン2012パラリンピック9日目の2012年9月7日、シッティングバレーボールの会場は異様な熱気に包まれていました。パラリンピックの歴史に残る一戦を見逃すまいと満員の観客で埋められたその会場では、メダルを巡る戦いではなく、最下位を決める試合が繰り広げられていました。
観客の目線の先には、この大会でサブサハラ地域(サハラ砂漠以南のアフリカ国)として初めてこの種目に参加したルワンダのチームがいました。民族紛争による1994年の虐殺の記憶が残る中、11人の選手は民族の違いを超えて団結し、2時間近い激しい戦いの末、対戦相手のモロッコに対して歴史的なパラリンピック初勝利をおさめたのです。
勝利が決まった瞬間はまるで金メダルが決まったかのような歓声が飛び交い、観客はスタンディングオベーションで応えました。試合後にルワンダ選手の一人は次のように語っています。
「ルワンダは紛争の国だと世界は思っているかもしれないけれど、私たちを通じて、そんな時代は終わって、国民は民族を超えて団結しているということを見ることになるんだ。」

2018年8月末NPCオープンデイズに参加したルワンダパラリンピック委員のセレスタン・ンゼイマナさんは、そんな勝利の瞬間をスタッフとして目撃した一人です。ンゼイマナさんはパラリンピック委員として、ルワンダ国民や世界中の人々に多くの奇跡と希望を届けてきたルワンダのパラリンピックスポーツチームの発展に貢献してきました。今ではアフリカでパラリンピックムーブメントを牽引する存在と言われるまでになったルワンダのパラリンピックスポーツにおける躍進の秘密をンゼイマナさんにお伺いしました。

ルワンダはロンドン2012パラリンピックでのシッティングバレーボールに参加しました。サブサハラ地域として初めてチームスポーツへの参加を実現させただけでなく、記念すべき勝利を挙げたことが印象的です。まずはどうしてそのようなことが可能になったのか、ルワンダとパラリンピックの関係についてお話いただけますか?

「まず、第一にご存じかと思いますが、1994年にルワンダでは虐殺があり、多くの人が体の一部を失い、希望を失い、そしてスポーツをする、という希望も失いました。しかしそれから5年後の2000年にルワンダのパラリンピックムーブメントは始まったのです。()興味深いことに、障がいをもった人たちが再びスポーツができないか、という運動は、民衆自身から沸き起こりました。私も若いころから選手として、その運動の真っただ中にいた一人でした。
ルワンダは小さな国ですし、財政も潤沢ではありません。しかし、私たちは自分たちだって高いレベルで競うことができるのだと示したかったのです。もちろん、パラリンピックスポーツに対する政府の意思や理解もありました。しかし、それだけではなく、私たち市民がそれをきっかけとして社会を変えていきたいという強い意志を持っていたのです。人々自身の意思やそれをサポートする市民がいなければ、社会は変わることができません。」
この年、シドニー2000パラリンピックで初めてルワンダがアスリート一人を派遣しました。

インタビューにお答えいただいた、ンゼイマナさん

ロンドン2012パラリンピックでのシッティングバレ―ボールへのルワンダ参加にはンゼイマナさんが委員として関わっていたと聞いていますが?

「はい。スタッフとして参加した私には明確なミッションがありました。その前の北京2008パラリンピックでは、ルワンダは一人のアスリートしか参加できず、またメダルを取ることはできませんでした。メダルを取るということは難しいので、参加人数を増やそうと思い、シッティングバレーボール出場(登録人数11名)を目指したのです。それが上手くいき、シッティングバレーボール男子、陸上競技、パワーリフティングの合計3種目計14名の出場が叶いました。」

インタビューにお答えいただいた、ンゼイマナさん

大きな注目を集めたロンドン2012大会の成功を受けて、連続出場を目指したリオ2016大会ではアフリカ予選決勝でエジプトに敗れてしまったものの、代わりにサブサハラ地域初のチームスポーツ出場を決めたのが、女子チームでした。

リオ2016大会では、サブサハラ地域初となる女性のシッティングバレーボール出場も果たしました。

「ルワンダは男女平等のランキング()で上位に位置している国です。政治や他の面で男女平等が実現されているのに、スポーツは別、というわけにはいきません。ロンドン2012パラリンピック後、ルワンダのパラリンピック委員長に就任した私の最初の目標は、女子シッティングバレーボールチームをアフリカで初めてパラリンピックに出場するチームとさせることでした。そして、それを実現させたのです。」
世界経済フォーラムが発表した「男女平等ランキング」のこと。2017年、ルワンダは世界4位。日本は114位

NPCオープンデイズにて施設見学をしている様子

ルワンダでのパラリンピックの人気は高く、オリンピックを凌ぐともいわれています。その理由の一つは、パラリンピックでの成績の良さが挙げられます。アテネ2004大会で唯一のメダルとなる銅メダルをパラ陸上競技男子で獲得したのをはじめ、惜しくもパラリンピックではメダルを得られなかったものの、世界パラ陸上競技選手権大会で優勝する有力選手が出てきたり、参加人数でもロンドン2012パラリンピック以降はオリンピックを上回るようになっていたりします。
ンゼイマナさんはこうしたパラリンピックの好結果がルワンダの社会に大きな影響を与えていると言います。

「若いパラリンピックアスリートたちが彼ら自身だけでなく、社会を変えた例が山ほどあります。アスリートの中には障がいを持っていることで家族から邪険にされ、社会とのつながりを感じることが出来ないでいた人も多いのですが、スポーツを始め、パラリンピックの代表選手になったことで彼らの世界は一変しました。彼らの一部の親は、障がいがあることで彼らのことを「役立たず」だと思っていたのですが、そんな彼らが遠征でヨーロッパやアジアに行くということを聞いて「ええ?」と驚きの声をあげるのです。彼らは飛行機を見たこともなければ、都会に行ったこともないのですから、その時になってようやく彼らの子供が「何かができる存在」であることに気づいたのです。一方で、アスリートはスポーツを通じて多くの人や社会を知ることになります。その過程で、自立支援事業などについて知り、彼らが賃金を得て家族に資金的な貢献をするようになったりするのです。そうすることで彼らは家庭や社会からより尊敬を受ける存在になっていきました。これはパラリンピックムーブメントがもたらしたソーシャルインクルージョン()の一例です。」

NPCオープンデイズにて施設見学をしている様子 NPCオープンデイズにて施設見学をしている様子

ソーシャルインクルージョン:国連は「あらゆる人々、特に立場の弱い人々が、十分な機会や、生活水準、権利などの状況を改善していくことによって、共生していくプロセスのこと」と定義している
ソーシャルインクルージョンとは(別ウィンドウで開く)

パラリンピックスポーツを地域に広げていこうとする運動の一環として、今年、2018年2月には、ルワンダの首都キガリで、アフリカ6か国がパラリンピックスポーツの普及や、その為の組織の運営方法、トレーニング方法などについて情報共有する為の会議が行われました。ンゼイマナさんはその中で、講師として参加し、ルワンダのパラリンピックスポーツ界で培われたノウハウを近隣諸国に惜しみなく指導しました。ンゼイマナさんは、ルワンダに留まらず、パラリンピックムーブメントをアフリカ近隣や、世界中に広げていきたいと言います。

「ルワンダはパラリンピックムーブメントを牽引する存在です。例えば、ボッチャや、ゴールボールなどいくつかのパラリンピックスポーツを近隣諸国に紹介する重要な役割を果たしました。ルワンダは多くのパラリンピックスポーツ大会を主催していますから、近隣諸国はそうした大会に参加して、運営面なども含めて学ぶことが出来るのです。ですから今ではルワンダだけでなく、東アフリカ全体がパラリンピックスポーツに活発に関わるようになってきています。ルワンダはもちろん、その運動に貢献しています。」

そんな、ンゼイマナさんは現在、日本の筑波大学スポーツ国際アカデミーに留学し、オリンピック、パラリンピックムーブメントや、スポーツマネージメントなどについて学んでいます。日本からは学ぶことが多くあるという一方で、日本がルワンダから学べることもあると言います。

日本の大学で何を学ぼうとしているのでしょうか?

「学ぶべきことはたくさんあります。ただ、日本とルワンダの現状は違い過ぎていて、単純な比較はできません。アクセシビリティはその一つですが、そのようなインフラ面ではなく、むしろスポーツにおけるプランニングの方法を学びたいと考えています。例えば、日本の体育教育はとても優れており、ルワンダのスポーツカリキュラムも日本のレベルに近づけたいと思います。パラリンピックムーブメントをハイレベルに行う為には、パラアスリートだけではなく、国民全体のスポーツレベルを上げる必要があります。筑波大学では、ルワンダと日本の交換プログラムなどを企画して、ルワンダのスポーツを盛り上げていきたいと考えていますし、同時に日本に対してルワンダができることもあると思います。
というのも、日本は障がいの施設はとても素晴らしい一方で、障がい者が社会に参加する機会が少ないのではないかと思うことがあるからです。ルワンダでは多くの障がい者が自活するために積極的に仕事を探していますが、日本では障がい者へのサポートが手厚い一方で仕事を探す機会に恵まれず、その意思も弱いように思うからです。そうしたことを交換プログラムを通じて、2020年以降も意見交換できたらと考えています。」

NPCオープンデイズにて施設見学をしている様子

東京2020大会に向けた準備は既に始まっています。今年、2018年7月オランダで開催されたシッティングバレーボールの世界選手権では男女ともに出場を果たしました(男子は16位、女子は11位)。ンゼイマナさんは結果はともあれ、こうして主要な大会に出場し続けることこそが強化にとって大事なのだと言います。

ロンドン2012大会、リオ2016大会と大きなプレゼンスを示してきたルワンダにとって次の目標は何でしょうか?

「過去の大会において私たちが参加に値する国だということは示すことが出来ました。アテネ2004大会以降メダルを獲得していませんから、次はメダルが欲しいです。但しそれは簡単なことではありません。プロフェッショナルなトレーニング計画と、投資が必要になります。資金的に余裕のないルワンダにはそれは難しく、過去には大会数か月前から一年前にようやく準備をはじめていたものです。しかし私たちはそれを変え、長期的な計画に基づいた活動をしています。オランダの世界選手権では日本に負けてしまいましたが、このような大きな大会に参加しつづけること、トレーニングを続けることが東京2020大会への大事なプロセスです。もちろん、それだけではなく、多くの参画プログラムを使って草の根レベル、国レベルの競技レベルを上げていくことも大事です。東京2020大会だけではなく、今から10年後のロサンゼルス2028大会を見据えたビジョンを持って強化を図りたいと思います。」

パラリンピックマスコット、ソメイティの大型人形と記念撮影をするルワンダのNPC委員さん

インタビュー:第2回「NPCオープンデイズ」イスラエル編