北澤豪×加藤健人 2020年につなぐパス 第1回 「2人のサッカー少年」

3月5日は東京2020パラリンピック競技大会の2000日前。
これを記念して、サッカー元日本代表の北澤豪氏とブラインドサッカー日本代表の加藤健人選手の対談を5回に分けてお届けします。


第1回 「2人のサッカー少年」

憧れの存在
—いきなりですが、加藤選手にとって北澤さんは少年時代の憧れの存在だったと聞きました。
加藤 そうですね。僕は今29歳なのですが、サッカーを始めたきっかけは、僕が小学3年生のときに開幕していたJリーグでした。北澤さんは僕が好きだったヴェルディの選手でしたから、よく見ていました。


—ご家族から秘蔵写真を入手しました。
北澤 <写真を見ながら> 本当だ、ヴェルディのユニフォームを着てるね。でも、背番号が11番だから、カズ(三浦知良)さんが好きだったんだね(笑)。
加藤 はい(笑)。


—北澤さんがサッカーを始めたのは、Jリーグ開幕前だったと思いますが、どのようなきっかけでサッカーを始めたのでしょうか?
北澤 僕の場合、最初は野球をやっていたんです。父が王・長嶋の大ファンだったから。でも、ある日突然「サッカーをやれ」と。父は僕の落ち着きのなさを見て、サッカーの方が合っていると思ったらしくて。何がきっかけになるかはわからないですよね。加藤くんの話を聞いて、自分がそのきっかけの一つになれていたのだとしたらうれしいですね。
加藤 あの時のJリーグが子どもたちに与えた影響は大きかったと思います。


—加藤選手は小学3年生から高校生の途中までずっとサッカーをされていたということですが、どんな選手だったのでしょうか。
加藤 福島市でサッカーを始めたんですけど、トレセンに選ばれたりしていました。中学生の時は学校のチームのキャプテンもやっていました。
北澤 その頃から日本代表を目指そうと思っていた?
加藤 本当にJリーグに憧れていたので、小学生の頃からJリーグでプレーしたいという夢はありましたね。高校は福島では有名な聖光学院で、高校サッカー選手権を目指していました。僕の2つ上の代にはヴィッセル神戸などでプレーした茂木弘人さん(現・福島ユナイテッドFC)がいて、茂木さんみたいになりたいと思っていました。


将来が見えなくなった
—Jリーガーになるという夢を持ちながらサッカーをしていた中で、目の病気が発症した時の心境を教えていただけますか?
加藤 発症したのは片目ずつだったんです。最初に気づいたのは眼科に行って視力検査をした時でした。片方の目は、下のほうまでずっと見えたんですけど、逆の目では薄暗く見えていました。病院に行って調べたらレーベル病(※)だということがわかりました。最初はやっぱり理解できないというか、受け入れられなかったですね。でも片目は見えていたので、このままなら何とかなると思っていました。
北澤 それでも、サッカーは続けられたの?
加藤 いや、途中までですね。両目の視力が徐々に落ちていく中で、勉強もそうですし、体育の授業もほとんど見学みたいな感じでした。身体は元気なんですけど、見学しなければいけない。
北澤 だんだん見えづらくなっていったんだね。
加藤 はい。授業を受ける時の席も一番前にしてもらったんですけど、文字を拡大する機械を使わないと見えなかったり、レンズを使わないといけなかったりと変化していくうちに、学校にも行きづらくなっていきました。別にいじめられていたわけじゃないんですけど、自分から壁を作っていたんだと思います。先生や友達も障がい者と接することがあまりなかったと思うので、スポーツ云々の前に日常生活の中で、お互いにどうしていいのかわからなかったんだと思いますね。


—サッカーを諦めなければいけないということは、加藤選手にとってどういうことでしたか?
加藤 サッカーを含めてですが、将来が見えなくなったというか、この先何をどうしていいのかわからなかった。もう何もできないんじゃないかと思いましたね。
北澤 僕が加藤くんと出会ったのは、加藤くんがブラインドサッカーを始めたときでした。ピッチでの動きを見て驚きましたね。僕もブラインドサッカーをやったことがあるのですが、アイマスクを付けて全く見えない状態で走るというのは、思っている以上に怖い。だけど、加藤くんはピッチを走り回ってくらいついていく。そこに彼が乗り越えてきたものの大きさを感じました。

※レーベル病
遺伝性視神経症の一種で、青年ないし中年の男性の発症が多く、片眼又は両眼の比較的急激な視カ低下で始まる視神経症。(難病情報センター(別ウィンドウで開く) より抜粋)


第2回 「ブラインドサッカーとの出会い」につづく...



東京2020パラリンピック競技大会 22の競技
東京2020パラリンピック競技大会では、ブラインドサッカー(5人制サッカー)を含む22の競技が実施されます。
全22競技については、こちら(別ウィンドウで開く)

ブラインドサッカーとは?
ブラインドサッカーは5人制で行われる、フットサルに似たスポーツで、パラリンピック競技大会の正式競技です。フットサルと大きく違う点は、ゴールキーパー以外のフィールドプレイヤー4人が、アイマスクをしていることです。ボールには鈴が入っており、選手たちは鈴の音と自分たちが攻撃するゴールの後ろで指示を出すコーラーというガイドの声で状況を判断しプレーします。
ブラインドサッカーについてもっと知りたい方は、こちら(別ウィンドウで開く)
北沢豪さんと加藤健人選手

幼いころの加藤選手

Jリーグをよく見ていたという加藤選手

幼いころの加藤選手

サッカー少年だった加藤選手

北澤豪さん

高校時代の北澤さん