ドーピング・コントロール・オフィサーインタビュー 中野裕子さん

国際総合大会ドーピング・コントロール・オフィサーになるには

中野裕子さん

クリーンな大会運営を行う上で重要な役割を担う検査員(ドーピング・コントロール・オフィサー)。
今回インタビューさせていただいたのは、普段は会社員として勤務しながら、検査員としても活躍しておられる中野裕子さん。中野さんは、2011年に検査員となって以来、週末などのお休みを使って国内で経験を積み、リオ2016大会、平昌2018大会と2大会連続オリンピック・パラリンピックで検査員を務められました。
中野さんからは、平昌2018大会の経験談を中心に、検査員としてのやりがいや魅力についてお伺いしました。

スポーツと何かしらの形でつながっているのが好き

検査員をしてみようと思ったきっかけを教えてください。

私が初めてドーピング検査に関わったのはシャペロン(1)としてでした。大阪で行われた水球の国際大会があり、先輩からシャペロンをやってほしいと声を掛けられ、その日一日シャペロンとしてお仕事をさせて頂きました。その時にいらした検査員とお話をして、「こういう仕事があるんだ、私もやりたい!」と、思ったことがきっかけです。
1 ドーピング検査対象の選手に検査の通告をし、選手に付添いながらドーピング検査室まで誘導するスタッフ。

インタビューでお話をされながら笑顔の中野裕子さん

普段のお仕事はどういったことをされているんですか?

今はメーカーに勤めています。検査技師の資格はもっていますが、病院で働いたことはありません。最初は製薬会社の営業をやっていて、小中学校で熱中症予防のためにスポーツ飲料を飲むよう啓発活動をしていました。自分の中で、ずっとスポーツと繋がっていたいという気持ちが、強い信念としてあったわけではないのですが、結果的に今の自分があり、スポーツと何かしらの形でつながっているのが、やはり好きなのだなと思います。
平日は仕事をしているので、基本は週末に検査員をしています。ただ、それも毎週ではなく仕事やプライベートの都合を鑑みて、2か月前までに検査へ従事できる日程をJADAへ連絡しています。それで、それで、月に3~4回程度の検査に従事しています。

インタビューで身振り手振りでお話をされる中野さん

初めて研修を受けてから検査員になるまでの過程を教えてください。

研修を2日間受け、2011年に検査員になりましたが、本格的に月1回以上業務に携わるようになったのは2014年になってからです。実はシャペロンとして参加した国際大会で英語を一切喋れず、「やばい!」と思ったことが大きくて、2011年5月から2年間ニュージーランドへ留学しました。検査員をやる上で英語が必要だった、というよりも今後生きていく上であまりにも日本語以外の言語で意思疎通ができないのは、「やばい!」と。
研修が終わって2回くらい検査員業務に携わった後、すぐに留学してしまったので、JADAの方にはご迷惑をかけてしまいましたが、帰国してから認定継続手続をして頂きました。

検査員として初めて現場に出た時はどうでしたか?

初めて現場へ出たのは実地研修の時です。チェックをする先輩検査員と一緒でした。座学で2日間学んできましたが、実際に現場に出るとわからないことも多く、その都度先輩に聞いて、教えてもらいながら検査に取り組みました。イメージとしては通常の会社のOJTですが、検査員の場合は3日間(2)と先輩との実地研修は限られています。ですが、その3日間でしっかり教えて頂いたという印象が残っています。初日はなるべく多くの検査を先輩検査員の横で見て、2日目からは先輩検査員立会いの下、ビクビクしながら実際の検査を行いました。とにかく数をこなすことが大事と言われ、私も今、新規の検査員の立ち合いをするようになっていますが、同じように教えています。
2 国際総合大会ドーピング・コントロール・オフィサー養成講習会においては、現場での研修ではなく、現場を模した模擬研修で三日間の内容を網羅した研修を実施予定。

インタビューで身振り手振りでお話をされる中野さん、その2

世界中から集まってきた検査員が同じ手順をやっているのをみて感動

選手との距離感はどのくらいなのでしょうか?

インタビューで身振り手振りでお話をされる中野さん、その3

その時々によりますが、シャペロンが連れてきた選手に対して尿検査のみを行う場合、ドーピング検査室に来た選手がすぐにトイレへ行きたい状況であれば、接する時間としては5分ぐらいです。ただ、その5分間は非常に濃いです。一緒にトイレに入り、普段なら絶対に一緒にしないようなプライベートな空間を共にするので、時間のわりに距離はかなり近いと思います。表彰式の直後でトイレを我慢できずに入ってくる選手は、首からメダルを下げていたり、花束やぬいぐるみを持っていたりして、それらを「持っていて!」と選手が検査員に預けるようなこともあります。

あえて同じ国籍の選手を対応ということはあるのでしょうか?

国際大会なので国籍は関係なく、全員英語で対応するというのがベースとしてあります。ただ、例外として、英語が全くできない選手の場合は、母国語が同じ検査員が通訳代わりに配置され、検査自体は別の検査員が行うこともあります。

大会ごとに雰囲気は違うものですか?国内外の大会で全く異なるものですか?

オリンピックやパラリンピックのような大きな大会では、検査員同士も会話は英語になります。海外での初めての国際大会はリオ2016大会で、国内の国際大会ですと関係者とも日本語でのやりとりだったので、リオの時は少し戸惑いを感じました。
あと、リオ2016大会の際、WADA(世界アンチ・ドーピング機構)の統一されたルールのもとでドーピング検査を行うため、世界中のいろんな国から集まってきた検査員が同じ手順をやっているのをみて感動したのを覚えています。一緒であるべきものなので当然ではありますが、私はそれにすごく感動しました。その中で、使っている機器が少し違うとか、箱の素材が違うとか軽微なところはありますが、確認すべき事項は同じなので、国が違っていても確認できるということに驚きを感じました。
加えて、オリンピック・パラリンピック特有かもしれませんが、大会に向けて一生懸命練習してきた選手に会えたりしますし、大会に来る検査員はとてもレベルが高いので、そういった意味では選ばれた人たちと働けると言えると思います。
国内外問わず、大会や検査員の人数により、臨機応変な対応を求められますが、必要な対応やサポートはJADAの担当職員からも受けられるので、働きやすい環境にはあると思います。

検査員をする中での失敗談などはありますか?

あります。尿検体を専用のボトルに移す際に、ボトルを倒してしまったり...。そういうときは、その都度リード検査員に相談をして、対処をしています。私は一通り、失敗してきています。

困っていたら誰かが助けてくれる。初めてで不安があってもやっていける環境

平昌2018大会中はどのように過ごしていましたか?

私が従事していた会場はスピードスケートやショートトラックで夜に競技を行う現場が多かったため、基本的に16時~17時くらいに会場へ行き、食事を済ませてから検査を行い、夜中の2~3時くらいに終わってホテルに帰って就寝。翌朝は9~10時まではゆっくり寝て、16時くらいまでは比較的時間があるので車で15分くらいのところにあったビーチや街へ行ったりして、リフレッシュしながら夜は検査をしていました。

初めて検査員としてオリンピック・パラリンピックに参加した時は不安とかありましたか?

平昌2018大会時のアクレディテーションカード

めちゃくちゃ不安でした。何もわからない不安がありました。それまで検査員として海外に出たことがなく、JADAの情報しか私は知らなかったし、知り合いもいなかったので。
ただ、ユニフォームをもらって集合した際に、外国の方ではきはきしているリーダー感がある人を見つけて、その人にとりあえず分からないことは聞いて、最初の3日くらいは検査にしても生活にしてもスケジュールにしても、とりあえず同じ人に聞いていました。
困っていたら誰かが助けてくれるし、初めてで不安があっても、なんとかやっていける環境です。こんなこと聞いたら悪いかなっていうのはとっぱらわなければいけませんでしたね。とりあえず、『わからへん、教えて』はちゃんと声に出して言う必要はありました。

多様性が自分の中に取り込まれた

海外の大会で検査員を経験して得られたことはありますか?

インタビューで身振り手振りでお話をされる中野さん、その4

ものすごく見える範囲が広くなったと思います。検査員の経験によって、というよりも海外に出てみてというのが大きいかもしれないです。最初の海外での検査員経験がリオで、大会の後、日本に帰国し日常生活に戻り仕事をしていると「私はなんて小さなことにイライラしていたんだろう。」と、「そういう風にも考えられるよな」って考え方の幅が広がるというか、受け入れる範囲が広がったな、というか。多様性が自分の中にも送り込まれたな、とすごく感じました。だからやはり、忘れてしまう前に海外に出たくなるのかもしれないです。

私がサポートします!どんどん応募してください!

検査員に向いている人とは?

その場で反応ができる方。ルールはあるけれどもそのルールに則った上で、その場で臨機応変に対応できる方が向いていると思います。 すごく珍しい特殊なお仕事だとは思います。表には絶対に出ない仕事だけれど、絶対に必要な仕事だと思うのでお勧めです。その期間、従事できる環境さえ確保できれば、20歳から69歳まで全員やってもいいチャンスがあるわけで、なかなかできない経験ができると私は思っています。私がサポートするのでどんどん応募してください。一緒にやりたいです。幸い日本には私よりもベテランの方がたくさんいらっしゃるので勉強し放題なので、検査員として経験を積んでいくにはすごくいい環境がJADAにはあると思います。

会社員をしながら、週末に検査員をされていることを非常に楽しそうにお話ししてくれた中野裕子さん。最初は不安があるかもしれないけれども、分からないことがあったら周りがサポートするから大丈夫、是非応募してください!とおっしゃっていました。

東京2020大会を一過性のものにするのではなく、ドーピングコントロールを通じた国際交流の場とするほか、クリーンなスポーツを目指し、今後行われる国際大会という大きな舞台で活躍する人材を育成するため、東京2020組織委員会は、公益財団法人 日本アンチ・ドーピング機構(JADA)と協力してDCOの育成に取り組みます。

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アンチ・ドーピングとは
公益財団法人日本アンチ・ドーピング機構(JADA)公式サイト(別ウィンドウで開く)

インタビュー時に笑顔でお話をされる中野さん