ガンと共存15年、多くの人に勇気と希望を 和歌山県ピックアップ聖火ランナー 小西博之さん

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小西博之さん

小西さんは30年間和歌山県PR大使を務め、今年世界遺産制定15年を迎えた地元、世界遺産熊野古道を全国、世界へとPRをしています。

前回の東京1964オリンピックでは、金メダリストを獲得した地元出身の早田卓次さん(体操)の凱旋パレードに日の丸を振りに行ったことが思い出に残っています。

しかし、2005年に末期の腎臓ガンを患い、余命ゼロからガンと闘わず受け入れ、泣いて笑ってガンと共存して15年、全国小中高校で命の大切さ素晴らしさを年間100回ペースで講演し、子どもたちに「どんな事があっても死なない様に。生きていればこそ楽し事も辛い事もいっぱいある」という事を伝えています。

我々大人が子どもたちの手本となる様に、沢山の方々に勇気、希望を感じてもらえるよう走ります。

※聖火ランナー応募時(2019年夏頃)に提出いただいた志望理由をもとに構成しております

和歌山県の魅力を教えてください。

和やかに歌に興じる山河あり。

古来黒潮に乗ってやって来た様々な人や物を受け入れる優しさ。世界に夢を抱いて移住して行くバイタリティ。

みかん、梅、柿、山椒、味噌、醤油と特産物いっぱい

パンダもいっぱい

そして「餅まき」発祥の地

楽しみいっぱいの紀州和歌山です。

熊野古道が世界遺産に制定されたことで、変わったことやエピソードなどがあれば教えてください。

世界遺産熊野古道で生まれた私。

世界各地より巡礼の古道旅にいらっしゃる大勢の方々。

地元の人でも歩かない古道を楽しんで歩いてらっしゃいます。

実は一番古道を知らないのは地元の我々かも。

今、初めて古道歩きに挑戦しています。

2005年にガン、余命宣告された時、どのように受け入れ、共存されてきましたか?

2004年12月27日告知を受け、「生きたい」「死にたくない」泣き叫びました。

ところが思いっきり夜泣くと朝までぐっすり寝れる。

全て自分の気持ち次第。

「闘病」ではなく「治療」闘う事をやめたら、敵はなくなりました。

それが私にとってのガン受け入れでした。

聖火ランナーとして走ることで、伝えたいことはどのようなことですか?

大きな病気をしても、こんな素晴らしい役割を頂ける。5歳の自分があの日、日の丸の旗を振って見た感動をひとりでも多くの方に感じて頂ける様に、今そして未来への希望を持って頂ける様に、楽しんで皆さんと同じ気持ちで走りたいです。

東京オリンピックパラリンピックへの期待、聖火ランナーとしての意気込みを教えてください。

聖火ランナーとして、世界の皆さんから伝えられるこの火をひとりのランナーとして責任を持って東京につなげる。

最高の喜びです。