ブラジルから群馬へ「たくさんの愛に走って恩返し」 群馬県ピックアップ聖火ランナー 野口 ブルーナさん

野口ブルーナさん
野口ブルーナさん

野口 ブルーナさん

野口さんはブラジルで生まれ、4歳で来日してから群馬県大泉町に在住。学校やバスケットボール、地域の人々との交流を通じて日本が大好きになりました。また育ってきた地域は日本人だけでなく、ブラジル人を始め多くの国の人々が協力しあって生きています。

時々、言葉が通じないことがあっても、公共施設で働く人々や近所の人々が親切に助けてくれました。

現在は、大泉町役場で通訳の仕事をしている野口さん。

東日本大震災後には、1年半東北に住み、被災された方々に話を聞き、様々な方の分も頑張って生きようと感じました。

今回の聖火ランナーを通じて、被災された方々から受けた勇気や優しさ、また、たくさんの愛に包まれて育ってきた日本での16年間に対し、走って恩返ししたいという感謝の気持ちを持って、群馬県を駆け抜けます。

※聖火ランナー応募時(2019年夏頃)に提出いただいた志望理由をもとに構成したものです

大泉町に多くの国の方が住む理由、また、大泉町の魅力を教えてください。

昔から工場が多くて、日系ブラジル人が働きに多く来ています。でも、ブラジル人だけでなくペルー人や中国人、ネパール人、インド人、フィリピン人など他の国々の人々がたくさんいます。

私は日本で他の場所に住んだことがありますが、改めて大泉に住んでみるとわかることは、外を歩いていると必ず外国人を見るということですね!外を歩いてて、外国人を見ないことは絶対にないです!そして、いろんな国の人々がいても、みんな温かい性格で、迎え入れてくれます!そして、みんな仲がとてもいいです!どこでも友達を作れますよ!

言葉が通じない中でも、親切にしてもらえたエピソードがあれば教えてください。

私は小学1年生の時に日本語を初めて学びました。その時に、担任の先生が親に渡す資料を丁寧に平仮名で書いてくださったり、私が新しい日本語を覚えると、いつも褒めてくれました。そして、結構話せるようになった時、先生は私に「学ぶのすっごく早かったね!先生すっごく嬉しい!」と言ってくれたのを覚えています。

大泉町で通訳の仕事をするきっかけは?実際に働かれて感じたことはどのようなことがありますか?

友人の母の紹介をきっかけに知りました。私はずっと自分の持っている物で誰かの力になる仕事がしたかったので、通訳を通して誰かの力になれると思ったからやってみようと思いました。通訳をしていると、助かったと言って帰る時にすっごくやっていて良かったな、と達成感を持ちます。日本とポルトガルの架け橋ができることはとっても嬉しいことだと気づきました。ポルトガル語を教えてくれた母に感謝です。

東北に行かれていた中でのエピソードを教えてください。

私は、東北でいろんな人に会いました。私は1番心に残っているのは、大川小学校を見に行った時です。私も震災の時は小6でしたので、同年齢の子達があの場所で天に召されました。東北で出会った人々の中には家族を失われた方々がいます。私は、それらの出来事について自分の中で何度も何度も深く考えました。すっごく胸が痛みました。でも、私はその人々の分も一生懸命生きようと決意をすることができました。

聖火ランナーとして地元を走られますが、大泉町の方々に伝えてたいこと、また世界に伝えたいことなどを教えてください。

私は自分の育った町である大泉町で聖火ランナーとして走れる事をとても嬉しく思います。私は小さい時から、大泉町の人たちに見守られて生きてきました!なので、感謝しながら走ります!

世界の人々に伝えたいこと:私たちは遠く離れていても繋がっています。そして、みんな辛い経験をします。だけど、どんな時でも一人ではありません!必ず誰かがいます。それを覚えていてください。いつももう一踏ん張り!です!私も頑張ります!