サーフィン教室の子供達に「オリンピック、肌で感じて」 福島県ピックアップ聖火ランナー 佐藤広さん

佐藤広さん
佐藤広さん

佐藤広さん

佐藤さんは、東日本大震災時、南相馬市原町区北泉地区で津波により被災、ご実家の飯舘村(いいたてむら)は原発被害で全村避難となり、千葉県の鴨川市に避難してプロサーファーとしての活動を続けてきました。

千葉では多くのプロアスリートが地元の小学生に各々の競技を指導。

そのことを知った佐藤さんも2017年に福島に戻り、南相馬市のサーフツーリズムや震災からの復興、地元のスポーツ振興に貢献したいと思いから、県内の小中学生を対象に無料のサーフィンスクールを開講。

さらに、震災前から北泉海水浴場のライフセーバーとしても活動していたこともあり、9年ぶりに再開された海水浴場で、海の楽しさだけでなく怖さも同時に伝えています。

また、海のない飯舘村からでも、国内トップ10に入るプロサーファーになれるという夢を子供たちに伝え、北泉からサーフィンのオリンピック選手誕生を目指しています。

※聖火ランナー応募時(2019年夏頃)に提出いただいた志望理由をもとに構成したものです

聖火ランナーに応募したきっかけを教えてください。

1人のアスリートとして、世界最高峰のスポーツの祭典であるオリンピックに関わりたいと思いました。一生に一度のことであり、また初めてサーフィンが採用される記念すべきTokyo 2020で、全国をつなぐ聖火を掲げて走り、サーフィン教室の子供達にオリンピックを肌で感じてほしいと思いました。

福島に戻られた時、避難されてから6年の歳月が流れていましたが、変わったこと、変わらなかったことはどのようなことですか。

変わらなかったこと:波の良さやスポーツのフィールドとしての海や山など福島の自然。

変わったこと:友人が避難先で定住したり、馴染の店が震災や原発事故の影響で廃業してしまったこと。それでも福島に移住して来る人もいてマイナスからの新しい街づくりに向かっていること。

無料でサーフィン教室を始めようと思ったきっかけはどのような思いからですか?

震災後の福島県の子供の運動不足問題。海水浴場が再開されず海に入ったことのない子供もいました。サーフィンは小中学校の部活にもなくなかなか気軽に始められるスポーツではないので、少しでも興味を持ってもらおうと無料で始めました。自分を育ててくれた福島のサーフコミュニティに恩返しという意味もあります。

スポーツは、復興にどのような影響力がありますか?

直接的な影響力はないかもしれませんが、スポーツや選手がもたらす感動、精神力や身体の鍛錬、夢を持ち続けることは、復興だけではなく今後の社会へ大きく貢献する原動力になると思います。

聖火ランナーとしての意気込みを一言で教えてください。

東京に向かって福島からTAKE OFF!