「相棒」の金メダルとともに、再びワクワク 日本人最初の聖火ランナーを務めた野口みずきさん

ギリシャ国内聖火リレーに臨む野口みずきさん
ギリシャ国内聖火リレーに臨む野口みずきさん

「なんだかすごく似ている気がした」

あの夏の物語にはまだ続きがありました。

2020年3月12日(木)、東京2020オリンピック聖火リレーのギリシャ国内聖火リレーで第2聖火ランナーをアテネ2004オリンピック、女子マラソン金メダリストの野口みずきさんが務めました。古代オリンピック発祥の地ギリシャ・オリンピア市で、採火されたばかりのオリンピック聖火を日本人最初の聖火ランナーとして運び、「アテネで感じた気持ちと、このオリンピアで走った気持ち。なんだかすごく似ている気がしていて感激しました」と感想を語りました。

野口さんは1978年生まれ、三重県伊勢市出身。現役時代は小柄な体格ながら、ダイナミックな走りを武器に数々の大舞台で活躍してきました。2005年に出した2時間19分12秒は、現在も日本記録として破られずにいます。そんな野口さんを語る上で欠かせないのが、アテネ2004オリンピックの金メダル獲得です。2004年8月22日、夕方ながら気温35度という酷暑の中でスタートしたレースは、25km付近で野口さんがロングスパートをかけてそのまま逃げ切り、シドニー2000オリンピックの高橋尚子さんに続く日本人選手2大会連続の金メダルという快挙を成し遂げました。

レースについて、野口さんは、周囲が暗くなる中、フィニッシュ地点のパナシナイコスタジアムを目指した残り2kmからが、最も印象的だったと振り返ります。

「道の両脇が街灯で照らされて白く輝き、そのまま吸い込まれるように(スタジアムへと)入っていきました。大きなオリンピックシンボルが光り、観客の人たちも総立ちになってすごい声援を送ってくれて。本当に酔いしれました。これを味わうためにやってきたんだなぁと考えたらゴールしたくなくて」

2004年8月22日、アテネ2004オリンピック、女子マラソンのゴールテープを切る野口さん
2004年8月22日、アテネ2004オリンピック、女子マラソンのゴールテープを切る野口さん

思い出をかみしめながら走る

そんな思いもあったことを明かした野口さん。最後は、ケニアのキャサリン・ヌデレバ選手の猛追を交わして歓喜の瞬間を迎えました。あれから15年以上がたち、縁のあるギリシャの地を再び、オリンピックトーチを片手に思い出をかみしめながら走りました。

「8月22日で終わったと思っていた物語にはまだ続きがあって。アテネのときもワクワクした感じがあったのですが、そのときと同じような気持ちになりました。この感覚を味わっていたいという点でも似ていました」とかつての自分を重ね合わせました。

大役を果たすにあたり、野口さんがポケットに忍ばせていたものがあります。それはアテネ2004オリンピックで獲得した金メダルです。子どもたちにオリンピックの話をする機会があり、その際にメダルを見せると目を輝かせながら触ってくれたと言います。

「絶対(ギリシャに)持っていこうと思っていました。オリンピックの故郷ギリシャで獲得したメダル。相棒みたいな感じで子どもたちには話をしていました。メダルも(聖火リレーを)楽しんでくれたと思います。そしてメダルを触ってくれた子どもたちの夢や希望をのせているような気がしました」

オリンピックトーチを片手にインタビューを受ける野口みずきさん
オリンピックトーチを片手にインタビューを受ける野口みずきさん

東京2020オリンピックも心に残るものに

そんな子どもたちに向けて、野口さんは思いを口にしました。「(前回の東京1964オリンピックは)様々な世代の人があの映像を見て、こういうオリンピックがあったんだなぁといつまでも人々の心に刻まれるんですよね。今回の東京2020オリンピックも、これから将来的にスポーツを志す子どもたちの心に残り、そして自分もこの舞台に立つんだと感じてほしいです」。

金メダルという記録だけではなく、記憶にも残る真夏のアテネ2004オリンピックでの激走。野口さんは東京2020オリンピックでも様々なドラマが生まれ、人々の心に刻まれていくことを願っています。