水泳 東海林大のAthlete Journey ネガティブな自分を変えた「できたことノート」

男子200m個人メドレーSM14の世界記録を持つ東海林大
男子200m個人メドレーSM14の世界記録を持つ東海林大

10カ月ぶりのレースでも落ち着いて

「レース前はかなり緊張していましたが、落ち着いて泳ぐことができました。世界基準とすると、ちょっと考えが甘いかな。でも、現状維持ができていたのでひとまず良かったと受け止めています」

約10カ月ぶりのレース(2020年11月7・8日、2020年度第1回強化育成合同合宿兼秋季記録会)で2分10秒81をマーク。男子200m個人メドレーSM14の世界記録を持つ知的障がいクラスのエース、21歳の東海林大は久しぶりのレースを振り返って、にっこりと笑った。

東京2020パラリンピックを目指し強化を続ける東海林(左)
東京2020パラリンピックを目指し強化を続ける東海林(左)
(一社)日本知的障害者水泳連盟提供

リオ落選の悔しさ、心のコントロール

「いつも通り落ち着いて平常心を持って臨むこと」

あの日から東海林はそう心に刻んできた。2016年3月6日、リオデジャネイロ2016パラリンピック日本代表選考会で、有力と言われながら落選した。

パラ水泳界として初めての「一発勝負」選考、本番へ向けてのメンタルやコンディション作りの力が問われ、さらには初めて泳ぐ静岡県富士水泳場。独特な雰囲気で選手にも緊張が走る。4歳で軽度の知的障がい(自閉スペクトラム症)と診断された東海林にとってはなおさら、平常心を保つことは難しかった。

「地元(山形県)の方々から盛大な応援をいただいたんですが、それもプレッシャーに感じて……。初めての場所だったし、慣れないことばっかりで、けがをしないだろうか、食事制限は、これに気をつけなきゃと、考えすぎてしまった」

リオ落選後は水泳をやめたいと思うほど落ち込んだ
リオ落選後は水泳をやめたいと思うほど落ち込んだ
(c) X-1

両親がいてくれたから

泳ぎには自信がある。「気持ちのコントロール。それさえできれば、負けることはないのに……」。落選後は水泳をやめたいと思うほど落ち込んでいた。そんなとき、手を差し伸べてくれたのは父、そして母だった。

悔し涙を流す東海林に、父は「できたことノート」を書くよう勧めた。水泳だけでなく日常でのうまくいったことや、いいこと、楽しいことがあったとき、それをノートに書く。

「書いたら、次の日また頑張れそうだなと思って。ノートを書き続けるにつれて、ネガティブになることがだんだん少なくなって、どんな逆境でもきつい練習でも前向きに取り組めるようになりました」

前向きになるために父の勧めで書き始めた「できたことノート」
前向きになるために父の勧めで書き始めた「できたことノート」
東海林選手提供

母は、悩みを聴いてくれた。「不安なことは何でもスッキリするまで話しました」。相談に乗ってくれて心強く嬉しかったという。そんな父母には、「いつも応援ありがとうございます。両親がいてくれて本当に助かりましたし、いてくれるから頑張れます」と感謝を寄せ、「今まで迷惑をかけたかな……」。そうつぶやいて、照れ笑いした。

世界新記録で東京への切符を手に

心の成長が試されるときがきたのはあの日から3年半が過ぎた2019年9月、東海林は20歳で初めて世界選手権に出場した。東京2020パラリンピックを目指す強豪が一堂に会す中、東海林は自信のある200m 個人メドレーで、前半出遅れたが、焦らず気持ちを保ち、金メダルを勝ち取った。2分08秒16の世界新記録で、東京2020大会への出場内定を手にし、リオ落選のリベンジを果たした。

決まった瞬間、水面を手でたたき、何度もガッツポーズ。インタビューでは、「ちょー気持ちいいです!」と叫んだ。

「リオパラリンピックに行けなかった。すごく悔しい気持ちをずっと持ってきつい練習を積んできたから、世界選手権という大きな舞台で夢の切符をつかみ取って、最初は信じられなかった。いつもたくさんの方々に温かく支えてもらったおかげで不安を吹き飛ばすことができて、自信満々で臨めたと思います。世界新が出たら、『ちょー気持ちいい!』って言おうと思っていました。ずっと言いたかったんです」

世界新記録で、東京2020大会出場を内定させた
世界新記録で、東京2020大会出場を内定させた
(c) X-1

代表内定を勝ち取ってから、新型コロナウイルス感染症が拡大し、東京2020大会が1年延期となり、練習の自粛やジャパンパラ水泳競技大会なども中止を余儀なくされた。そんなイレギュラーな状況にも、目標を見失わず、「落ち着いて過ごせている」という。技術的には、筋力アップ、背泳ぎの強化、元々得意な自由形も含め、スピード練習やフォーム改善などに取り組んでいる。

「自信があるのは個人メドレーですが、背泳ぎで相手に抜かれることが多いので、強化中です。バック(背泳ぎ)を強くなろう! という向上心があります。どんなにきつくても苦手なものには闘争心が湧き出て、『よっしゃかかってこい!』って(笑)」と、いたずらっぽく笑った。もうあの頃のような弱い東海林はいない。

個人メドレーで最大限の力を発揮するために苦手な背泳ぎを強化
個人メドレーで最大限の力を発揮するために苦手な背泳ぎを強化
(c) X-1

支えられてきたことに感謝して泳ぎたい

東京2020パラリンピックイヤーが明けた。初めて出場するパラリンピックで大事にしたいのは「レースを楽しむこと」。「自分のレースを最大限にやり通す、ベストを尽くすことが一番。みんなに支えられてきたことに感謝して泳ぎたい」と語る。

「パラリンピックは、人それぞれ、自分にしかない障がいや思いを抱えながらも一生懸命頑張って自分の力を最大限に発揮しているところが面白い。アスリートの本当の見せ所は、自分らしく持っている力を思う存分出し切ることだと、改めて思いました」

金メダルには人生を変える力がある、だから挑む
金メダルには人生を変える力がある、だから挑む
(c) X-1

アスリートだからといって必ずしも何でもできるわけではない。東海林自身、苦手なことも数多くある。「金メダルを取らないとみんなに嫌われるかも、と思うと怖い」という気持ちすら抱いている。それでも東海林は挑む。「金メダルの可能性はほんのわずか0.1%かもしれない。でも人生を変える力がある」と信じているからだ。

そんな東海林が、障がいのある子どもたちへ贈りたいのは、ずっと大事にしてきた言葉だ。

「明るく笑顔で楽しんで。自分の無限の可能性を信じて頑張ってください」。そして自身も夢の舞台で「楽しんで、自分らしく泳ぐ」と心に誓う。

東京2020大会でも「笑顔で楽しんで、自分らしく泳ぎたい」
東京2020大会でも「笑顔で楽しんで、自分らしく泳ぎたい」
(一社)日本知的障害者水泳連盟提供

Athlete Journey

水泳 木村敬一 アメリカで得た自信「自分って、けっこうすごいやつなのかも」

車いすテニス 上地結衣 ロンドンで変わった競技者としての運命

車いすテニス 国枝慎吾 再び進化を促したリオでの敗戦