剣に対する誇りを持ち、一瞬の隙を突く 加納慎太郎がハマった競技の魅力

Kano Shintaro_visual

パラスポーツは、1度見たらきっとハマる! オリンピック競技と異なる見どころも多く、注目度は年々増している。選手が考える競技の魅力とは? やっていて楽しいと感じるときは? 車いすフェンシングで東京2020パラリンピック出場を目指す加納慎太郎は、28歳だった2013年に競技と出会った。そんな彼がなぜ車いすフェンシングに心奪われ、「ハマった」のか。

車いすフェンシングに興味を持ったきっかけ

車いすフェンシングは、第1回夏季パラリンピックのローマ1960大会から正式競技となっている。剣やマスク、ウエアなどの道具は、オリンピックのフェンシングと同様のものを使用し、相手を突いたかどうかを機械的に判定する電気審判器を使う点も同じだ。大きな違いは、上半身の動きだけで競うこと。ピスト上に固定された車いすに座って競技が行われるため、フェンシングのように、足を使って前後に移動するという戦い方はできない。相手と至近距離で突き合うため、剣のテクニックはもちろん、集中力や精神力も求められる。

種目はメタルジャケットを着た胴体だけを突く「フルーレ」、上半身の突きを行う「エペ」、上半身の突きに斬る動作が加わった「サーブル」の3つ。加納が得意としているのはフルーレだ。

現在35歳の加納が、車いすフェンシングに興味を持ったきっかけは、東京2020大会の開催が決まったことだった。小学生のころから剣道をやっていた加納は、高校生のときのバイク事故で左足が義足となってからも、リハビリの一環で剣道を続けていた。東京2020大会の開催が決定した2013年9月当時、加納は義足を作る専門学校に通っていたが、そこで出会った人々の影響で「パラ競技って素敵なんだな。自分も挑戦してみたい」と感じていたという。そんなときに飛び込んできたビッグニュース。ただ、パラ競技に剣道はない。何があるか調べていたところ、同じく剣を使うものが1つだけあった。それが車いすフェンシングだった。

加納が車いすフェンシングに興味を持ったきっかけは、東京2020大会の開催決定だった
加納が車いすフェンシングに興味を持ったきっかけは、東京2020大会の開催決定だった

協会に電話し、「東京パラリンピックに出たい」

そこからの行動は早かった。大会の開催が決まってから約1カ月後、日本車いすフェンシング協会に電話し「僕は東京パラリンピックに出たいと思っています」と伝えた。もちろんこの時点で、競技の経験はない。

「当時の理事長や、受付をされていた方には『いきなりで驚いたし、変なやつが電話してきたと思った』と後で言われました(笑)。でも自分がやりたいことに対しては、アクションを起こさないと事は進まない。まず連絡してみたというのは後悔のない行動でしたね」

その電話から約1カ月後、京都で行われた体験会に参加した。剣道をやっていたこともあり、多少の自信はあった。しかし、当然ルールも違えば、剣の持ち方も片手と両手で異なる。「経験者の方と戦ってみたら、うまくいかないことも多くて悔しかったです。車いすフェンシングは、剣道よりも間合いが近く、足も使えないし、コンタクトもない。『剣道だったらこういう感じでいけるのに』と比較してしまう部分があり、そこが難しかったですね」と、加納は振り返る。

もっとも相手との駆け引きや、心技体の「心」の部分は剣道に近いものを感じた。礼に始まり、礼に終わる。剣に対する誇りを持ち、相手を敬う。剣道が「武士道」を重んじるように、フェンシングにも「騎士道」という精神的な基盤があったのだ。

始めた当初は「剣道と比較してしまう部分があった」と振り返る
始めた当初は「剣道と比較してしまう部分があった」と振り返る
(C)中野修也

相手との距離を埋める戦術が重要

試合では相手と至近距離で突き合うため、テクニックだけではなく、いかに冷静さを保てるかが勝負の行方を左右する。気持ちが高ぶり過ぎたり、焦ったりすると力みが生じ、1つ1つの動作が大きくなってしまう。そういう状態だと突きが当たらず、相手にポイントを献上することも多い。そのため加納は、日頃から自身の傾向を分析し、「どうやってポイントを取れる状況に持っていくか」を意識しながらトレーニングに励んでいるという。

外国人に比べると、日本人は体格面で劣る部分があり、リーチの差も生じやすい。そのぶん相手との距離を埋める戦術が重要になってくるが、加納はどのように対応しているのか。

「ボクシングなどでも間合いの入り方というのがあって、例えば1回こちらが前に出て、すぐに少し引くようにすると、相手は必ず出てきます。そのときは距離が埋まっていますよね。そこでフェイントを入れて、相手を揺さぶり、隙ができたときに突く。ただ、『チャンスだ』と思って力みが出ると、動作が大きくなってしまうので、冷静かつ細かく速く剣を突くようにします。アームワークの正確さも重要になります」

しかもそれを、相手の動きに合わせて行う必要がある。相手に癖があったとしたら、狙うポイントを定めて罠を仕掛け、一瞬のタイミングで正確に突かなければならない。

「だから僕がやっているフルーレはもちろん、他の種目も非常に緻密で、頭を使います。ただ逆に考え過ぎると距離感が近いので、必ず遅くなる。技術や動きはある程度、体に染み込ませることも重要です」

車いすフェンシングは「非常に緻密で、頭を使う」と語る加納
車いすフェンシングは「非常に緻密で、頭を使う」と語る加納
Photo by Jason

太田雄貴さんを育てた名コーチに師事

こうした戦術的な動きをより洗練させていくために、加納の助けとなっているのが、オレグ・マツェイチュク氏の存在だ。オレグ氏は長くフェンシング日本代表のコーチを務め、北京2008オリンピックで銀メダルを獲得した太田雄貴さんらを育てた。そんな名コーチの指導を受け、加納は「今が一番楽しいという状態を日々更新中です」と声を弾ませる。

「自分では考えつかないような戦術を思いつくというのが、『やはりすごいコーチだな』と感じます。相手とのリーチ差を埋めるために、いかにフェイントを入れるか。その入れ方や、距離の埋め方のバリエーションがすごく多い。フォームや力の使い方なども一からやり直しています。僕は大一番で力んでしまうタイプなんですけど、適したタイミングで欲しい言葉をくれたりもする。『君の力を信じている』という言葉を、オレグさんほどのコーチがかけてくれたら力になりますよね」

ほぼ毎日一緒に練習し、週の半分以上は食事を共にするなど、加納はオレグ氏と非常に良い関係を築いている。練習は厳しいそうだが、「僕にハンディキャップがあるとか関係なく、真剣に接してくれるので、心を突かれています」と笑顔を見せる。

この競技にハマった理由も「東京パラリンピックに出場したいという気持ち」だと、加納は言う。その目標を達成するための過程で、様々な出会いを通じて人間として成長し、選手としての実力が上がっていくほど競技の奥深さを知るようになった。所属先のヤフー株式会社で一緒に働いている人々のサポートや応援の力も感じている。

「僕には責任があります。会社に応援してもらい、コーチの方々も協力してくれるので、競技でしっかりと結果を出し、自分が納得いくような選手に成長したいと思います」

憧れの大舞台は手の届く位置まで近づいてきた。7年前から描く夢を手繰り寄せるため、加納は東京へと続く道を突き進んでいく。

One Minute, One Sport 車いすフェンシング
01:19

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