車いすテニス 上地結衣のAthlete Journey ロンドンで変わった競技者としての運命

リオデジャネイロ2016パラリンピックで銅メダルを獲得した上地結衣
リオデジャネイロ2016パラリンピックで銅メダルを獲得した上地結衣
上地結衣のAthlete Journey

大会後に車いすテニスを辞めようと思っていた

今も鮮烈に蘇る記憶がある。ロンドン2012パラリンピックに出場した車いすテニスの上地結衣は、初めて味わう大会の雰囲気に驚きを隠せなかった。

「テニスという競技に対して、お客さんは見るのが上手だし、選手を盛り上げるような見方をしてくれているなと思いました。自分は日本人で、ホームの選手ではないのに、関係なくプレーに対して純粋に拍手や応援をしてくれる。それまで試合でプレーしていて、そんなことを感じたことがなかったので、すごく印象的でした」

イギリスはパラリンピック発祥の地であり、ウィンブルドンが行われていることもあってテニスも非常にさかんだ。観客は選手の何気ないプレーの中に潜む難しさを感じ取り、惜しみない称賛を送る。声援を受ける側からしてみれば、選手冥利に尽きることだろう。

「障がいに対する理解があり、子どもたちも学校で事前にいろいろと調べてきたんだろうなというのが見受けられました。ただ、盛り上がるだけではなく、アスリートの深い部分を見たうえで応援してくれているなというのは感じましたね」

上地にとってロンドン2012パラリンピックは自身の運命を変える大会となった
上地にとってロンドン2012パラリンピックは自身の運命を変える大会となった

上地はこのとき18歳。進路をどうしようか迷っていた時期で、ロンドンに出発する前までは、パラリンピックに出場するという目標を達成したため、大会後に車いすテニスを辞めようと思っていたという。しかし、パラリンピックの雰囲気を経験し、勝った喜びやベスト8で敗れた悔しさを体感することで、競技を続けたいという気持ちが強くなった。そういう意味で「初めてのパラリンピックがロンドン大会で良かった」と振り返る。

銅メダルを獲得も「悔しさだけしか残らなかった」

競技を続ける決断をしてからは加速度的に成長を遂げた。2014年にはダブルスで年間グランドスラムを達成。世界ランキングでもシングルスとダブルスでそれぞれ1位になった。ただ、金メダルの有力候補として臨んだリオデジャネイロ2016パラリンピックでは、辛酸をなめる。日本選手団の旗手も務めるなど注目度が高まり、結果を出そうとするあまり攻め急ぐ自分がいた。銅メダルを獲得したものの、「悔しさだけしか残らない大会でした。メダルを取った安堵感はありつつ、うれしいという気持ちにはならなかったし、今振り返ってもそれは変わりません」と語る。

リオデジャネイロ2016パラリンピックでは日本選手団の旗手を務めた
リオデジャネイロ2016パラリンピックでは日本選手団の旗手を務めた

しかし、その中で分かったこともあった。

「日本に帰ると周りの人は銅メダルをすごく喜んでくれたんです。準決勝で負けたあと、3位決定戦までの間に、日本とは時差もあるのに、「結果ではなく自分が思うようにプレーできたらいいね」という言葉をかけてくださった方々がたくさんいました。そういう方々がいたから、気持ちを切り替えて3位決定戦に臨むことができたし、メダルという結果にも結び付いたと思います。あらためて多くの人に支えていただいているんだと感じましたし、そういう存在がいるのはありがたいことだなと再認識できた大会でした」

ロンドンではパラリンピックの素晴らしさを、リオではその怖さを知った。これらの経験を通じて、上地はいかにして大会に臨むべきかを学んだ。東京2020パラリンピックはその成果を見せる場でもある。

プレー中に欠かせない「セルフトーク」

リオ2016大会からの約3年半、競技者として成長するために上地は何を意識してきたのか。それはトライ&エラーを繰り返すことだった。

「リオでも大会前に取り組んでいた新しい技術がありました。ただ、時間的な制約もあり、それを完成させることができなかったのは失敗だったと思っています。自信を持って試合で使えるところまで完成させられなかったので、今回それだけはしちゃいけないなと。今も新しいことを試しているのですが、早い段階から挑戦していき、試合でどんどん失敗し、次どうしたらいいのかというのを考えられる機会を増やすようにしています」

上地は元来、しっかりと展開を作り、チャンスを待ってプレーしていくスタイルだったが、パワーやスピードのある海外選手と伍していくために、自らも相手にプレッシャーをかけるボールを打っていく必要性を感じていた。そのため現在は、スピードボールを打つことや、これまでだったら待ってチャンスをうかがっていたところで早めに攻撃を仕掛けていくなど、タイミングを変える戦い方に挑戦しているという。

自分を客観視するうえで「セルフトーク」は上地にとって欠かせないものだ
自分を客観視するうえで「セルフトーク」は上地にとって欠かせないものだ

また上地にとって、プレー中に欠かせないのは「セルフトーク」だ。

「試合に集中してのめり込むほど、こうしておけばどうだっただろうと、自分の中で疑問に思うことが多くあるんです。頭の中だけでそれを考えていても処理できないので、口に出して言うようにしています。何も言わずにプレーしているときより、実際に話してプレーしているときの方が自分の気持ち的に視野を広く維持できるし、吐き出すことによって客観的に見ることができる感じがする。例えば自分のプレーが良いときは、自分を落ち着かせる言葉を口に出したり、逆にあまり調子が良くないときは、「今のミスはこういう選択をしたから良かった」というように、バランスを取ることを心掛けています」

パラリンピックを楽しむことができれば

東京2020パラリンピックでもこの笑顔を見ることができるか
東京2020パラリンピックでもこの笑顔を見ることができるか

他にも日々の練習で得た気づきや感覚的な部分を、自らの「テニスノート」に書き留めているそうだが、それによって「より悩むようになった」とも上地は語る。

「毎日、自分の状態は違うので、その波をできるだけ小さくしたいと考えたときに、何が違うのかというのは感覚なので、だんだんと忘れてしまう。それを見返せるようにノートに書くようになったのですが、昨日意識して変えてみて良かったところが、今日同じように意識してやってみても違うことがあります。逆に良かったりすることもあるんですけど、ノートをつけることによって、以前より考えてプレーするようになったと思います」

キャリアを積み重ねるにつれて、乗り越える壁は高くなる。それゆえ、悩みは深くなっていくが、その過程を踏むことがさらなる進化には必要なステップと言える。上地は今まさにそうした段階なのだろう。

目標は当然「金メダル」。大会を楽しめれば自ずと結果もついてくる
目標は当然「金メダル」。大会を楽しめれば自ずと結果もついてくる

東京2020パラリンピックは、上地にとって3度目の晴れ舞台となる。目標は当然「金メダル」だが、それ以外にも心掛けていることがあるという。

「ロンドンのときは、結果は出なかったんですけど、初めてのパラリンピックということですごく楽しかったんですね。リオのときは銅メダルという一応の結果は出ましたが、楽しめたとは言えないし、それよりも悔しい気持ちが強かった。東京では金メダルという結果はもちろん、内容としてもパラリンピック自体を楽しめるようなプレーをしたいと思っています」

ロンドンから続いた東京への道。今回もし初出場したときと同様にパラリンピックを楽しむことができれば、おのずと結果はついてくるはずだ。