世界最速ブレード女王 マールー・ファン・ライン、集大成の東京へ抱く思い

2015年のIPC世界陸上競技選手権ドーハ(カタール)大会、100 m(T44)で優勝を喜ぶマールー・ファン・ライン
2015年のIPC世界陸上競技選手権ドーハ(カタール)大会、100 m(T44)で優勝を喜ぶマールー・ファン・ライン

オリンピックスタジアムのオープニングイベントで、ウサイン・ボルトと並んで走ったアスリート、それがマールー・ファン・ラインだ。ボルトに匹敵する実績を持つオランダ陸上界のスーパースターは、自身3度目となる東京2020パラリンピックで2冠(100m、200m)を目指している。

東京2020パラリンピックでのファン・ラインの目標は、シャープなブレード(競技用義足)同様、鮮明だ。

「(パラリンピックで)また金メダルを目指して走るのが楽しみでしかたありません。私が走ることで、パラリンピックを見てくれる人が増え、スポーツをしてみよう、自分も走ってみようと思う人が増えればいいなと思います」

トラックで走るのがとにかく大好き。こんな気持ちを持てる場所は他にはありません。

今世界で最も知られ、最も成功しているパラリンピックアスリートの一人として、ファン・ラインは競技人生10年の集大成を東京2020パラリンピックの表彰台の頂点で迎えると固く誓っている。そんな彼女が競技を続けているのは、とにかく「走るのが大好き」だからだ。

「走るのが好き、それが一番のモチベーションです。速く走ることができればもっと楽しい。ですから最大のモチベーションは、誰よりも、昨日よりも速く走ること、それだけです」

「トラックに立ったら、あとはただ走るだけ。全てを注ぎ込み誰よりも速く走る。トラックで走るのがとにかく大好き。こんな気持ちを持てる場所は他にはありません」

走り続けた10年

ファン・ラインがブレードを装着して初めて大会に出場してから約10年。最初は義足で走っていた。しかし炭素繊維製のブレードに変えてから、求めていたスピードが出るようになり、さらなる高みを見据えるようになった。

「初めてブレードで走ったとき、これまでにない感覚で、まるで夢のようでした。頭の中ではこうすればいいとわかっているのに、実際は思うようには速く走れない。でもブレードが速く走るチャンスをくれたのです」と振り返る。

陸上競技を始めて2年足らずで、早くも頭角を現す。大会という大会でメダルを獲得したのだ。ロンドン2012パラリンピックでは100m(T43)で銀、200m(T43)で金メダルを獲得。リオデジャネイロ2016パラリンピックでは自身の記録を大きく塗り替え、同クラスの100mと200mで世界記録を出し、金メダル2つを獲得した。

「ブレードが速く走るチャンスをくれた」と振り返る
「ブレードが速く走るチャンスをくれた」と振り返る
2016 Getty Images

水泳からの転向

先天性両下肢欠損。ファン・ラインは、膝から先が無い状態で生まれたが、幼い頃からスポーツに親しんだ。初めは水泳で、すぐさま勝つことに喜びを見出すようになった。

だが18歳で競技生活に見切りをつける。

「(水泳が)楽しいと思えなくなってきたんです。練習がたいへんだったとしても楽しいと思えたらいい。楽しいことが私にとっては一番だから。でも楽しいと思えなくなった。それに別のこともやってみたいなと思ったんです」

それでもスポーツの魅力に背を向けたままではいられなかった。普通の学生生活を過ごしていたある日、友人から「陸上やらない?」と電話があり、その後、オランダ陸上連盟からも誘いを受けた。

「日に日にスポーツを恋しく感じていたところでした。そこに何かを変えるチャンスが訪れたのです」

今やスプリンターとして頂点に君臨するファン・ラインが、陸上に転向し、短期間で最速のブレード女王になることができたのは、水泳の鍛錬のおかげだと断言する。

「泳ぎから走りへと競技は変わりましたが、身体がきつい練習に慣れていたので。あの頃もモチベーションは、『スピードを楽しむ、とにかく速く走ることが楽しい』ということで、それは今でも変わっていません」

ロンドン2012パラリンピックで銀メダルを獲得したマールー・ファン・ライン
ロンドン2012パラリンピックで銀メダルを獲得したマールー・ファン・ライン
Getty Images

子どものための「プロジェクト・ブレード」

ファン・ラインが競技と同じだけの熱意を向けているもの、それが「プロジェクト・ブレード」だ。大手スポンサーの支援により数年前に設立した基金で、子どもたちがブレードを手にしてスポーツを始める支援活動を続けている。

「ロンドンで初めて金メダルを獲って帰国した後、『誰だってできる、やろうと思えば何でもできる』と訴えることで、自分がスポーツの普及に一役買っているということに気づいたんです。でもその頃、ある親御さんから『息子には片足がないのですが、どこでブレードを手に入れたのですか?』と聞かれたことがありました」

「おかしいですよね。生まれついての才能が無ければスポーツをすることができないなんて。誰でもスポーツを楽しむべきです。道具の有無は関係ありません」

「プロジェクト・ブレード」を通じてファン・ラインは、子どもたちにブレードを手にしてスポーツを始める機会、そしてスポーツを楽しむ体験を提供している。

「根底にあるのは、友達と店に行って、友達はシューズを、自分はブレードを試着する。そして連れ立って店を出て一緒にスポーツを楽しむ……そんなふうに社会に溶け込んでいきたい、という思いです。そんなに違いがあるわけではないのだから」

子どもたちがスポーツを楽しめる機会を提供「誰でもスポーツを楽しむべきです」
子どもたちがスポーツを楽しめる機会を提供「誰でもスポーツを楽しむべきです」

ファン・ラインはまた、トップアスリートとして、スポーツの平等とインクルージョン(「包括・包含」すべての人が参画する機会を持ち、経験や能力、考え方が認められ活かされる)を目指す啓蒙家でもある。インタビューではいつも、まず競技成績のことが話題となり、それから障がいのことを聞かれる。

「インクルージョンと平等は私にとっても非常に大切です。人と違うと思ったことはありませんが、スポーツの場では、パラリンピックとオリンピックが分けられているように、突如として異なる扱いを受けます」

「子どもたちにはこんなことを経験してほしくありません。スポーツは楽しくて手軽なものであってほしい。プロジェクトを通じて、インクルージョンを実現したいと考えています。スポーツこそがインクルーシブな社会への大きな入り口になると思うからです」

東京2020パラリンピックへ

オリンピックスタジアムのオープニングイベントでは、オリンピアンとパラリンピアンとが並んで走った。

「一緒に走るという考えは素晴らしいと思いました。ブレードをつけているか、車いすか、オリンピアンか、日本や世界で最速か、なんて関係ありません。みんながアスリートで、スポーツ振興、大会を盛り上げるためにいるのですから」

オリンピックで8つのメダルを獲得したウサイン・ボルトと走るマールー・ファン・ライン
オリンピックで8つのメダルを獲得したウサイン・ボルトと走るマールー・ファン・ライン
Getty Images

東京2020パラリンピック……自身3度目となるこのパラリンピックを競技人生の集大成とするという「戦術」にファン・ラインは自信を持っている。

「取り組んでいるのは、レースの組み立てです。スピードもパワーも増して、史上最速の走りを見せること、それが東京での大きな目標です。自分次第でやれることだから、最高に楽しむことができます」

東京2020パラリンピックのチケットの売れ行きは過去に類を見ないほどだという。

「満員のスタジアム、68000人の観客の前で走れるなんて、今から本当に楽しみです。自分が思う以上の力を発揮することができるのではと思っています。たくさんのお客さん、みなさんからの熱い声援を楽しみにしています」

東京2020パラリンピック 22競技紹介:陸上競技