パラリンピアンを支える人。義肢装具士 高橋俊潤さんインタビュー

パラリンピアンを支える人。義肢装具士 高橋俊潤さんインタビュー

世界中から集まるアスリートが最高のパフォーマンスを発揮できるように、パラリンピックの会場では様々なサービスが提供されています。そのサービスのひとつである、修理サービスセンター。修理サービスセンターでは、選手の義肢装具や車いすの無償修理サービスが提供されています。平昌2018パラリンピックの期間中、選手村に設置されていた修理サービスセンターで働く義肢装具士の高橋俊潤さんにお話を伺いました。

どんなきっかけで義肢装具を修理する仕事に就かれたのでしょうか?
義肢装具士という国家資格があるんですけれど、35歳でそれを取得するために会社を辞めました。その前提として、青年海外協力隊に20代の時に参加し、海外でもっと色々な働き方ができたらいいなと思っていました。それがきっかけで、医療か農業かどっちかの仕事に就きたいと。それで、医療系の仕事に携わってみようと思い、仕事を変えて義肢装具の道に入りました。
もともとはバイクを設計していて、機械系の人間なので、その下地から次に行くときに一番近い分野が義肢装具士だった、医療や農業の中で自分のバックグラウンドに一番近いものを選びましたね。

どのような修理依頼が多いのですか?
圧倒的に車いすの修理が多いです。皆さんは、競技で使っているものの修理が多いというイメージがすごく強いようなのですが、競技用具より日常生活で使われているものの修理の方が多いように思えます。それは夏の大会でも冬の大会でも同じです。
また、基本は「ちょっとこれなんとかならない?」と相談を受けたことに対して、(競技用具でなくても)修理サービスセンターの設備で直せることは全部対応します。特に制約は設けていなくて、まず現物を見て、できるかどうかで、受けるかどうか判断しています。

競技用具の修理はプレッシャーがあるのでしょうか
やはり競技用はプレッシャーですよ。日常用と違って、競技用はそれがなんとかならないと出場できなかったり、私が触ったが故に棄権になってしまったりしないかなど、それはプレッシャーですね。なかなか用具を修理した選手の競技を見る時間がなく、結果だけ追って見て、ガクッときたりすることもありますね。
自分の直したものがもしかしてマイナスに働いているんじゃないかという不安がすごく大きい。成績がよければ「あー、よかったなー」で済むけど、悪かったら「あーなんかあったのかな」ってすごく心配になっちゃいますね。

どういったときにこの仕事にやりがいを感じますか?
メガネを直すのでも、時計を直すのでも、車いすを直すのでも、パンクを修理するのでも、広くパラリンピックをどこかで誰かが支えなきゃいけない。そこでその一人として働いているということは、やりがいだと思います。本当は自分が修理した選手がメダルを獲ったとか言えたらいいのかもしれないけれど、そういうことは多くの修理の中でほんのちょっとしかありません。実際には、ここに持ってこなくても修理できるようなものが持ち込まれることもありますが、逆に言うとそれだけ頼ってくれているということなので。そうやって、パラリンピックに参加する人たちをここで支える。そういう仕事ができているということがやりがいです。
このサービスは、なくてはならない、もう欠かせなくなってしまったところもあります。それくらい認知されて頼られるような存在になってきているので、それ自体が励みというか誇りというか、、、やっていてよかったなと思います。

パラリンピックを経験してから日常の仕事に変化はありましたか?
修理チームは多国籍、あらゆる人がいる。そして一体感がある。言葉の壁はあるけれども技術的には言葉の壁はあまり関係がないので、お互い助けあっているのは貴重で新鮮な経験です。ここでは、来た人が「あぁ、よかった」と気持ちよく帰ってもらうことを一番に考えて動いているので、本当にやりやすい。いい経験をして帰れたなと思います。

今後どういう風にパラリンピックが発展してほしいと思いますか?
これは私の個人的な意見で、私はパラリンピックというのは障がい者にとっても、非常に特殊な世界だと思います。ですので、パラリンピックを見て、障がい者を理解しようというのは、ちょっと難しいところがある。
何が言いたいかというと、そもそもスポーツができる障がい者は少数で、スポーツ以前に歩くことも自分でできない人がたくさんいる。ピラミッドの頂点のパラリンピックを見て、障がいの存在を知る。こんなことをしているんだ、すごいなと脚光を浴びて、見ていただく、最終的にはその裾野、身近にいる障がいのある人に意識を向けてほしい。自分が障がいのある人に、なにができるかとかそういうところまでつながっていくのが一番いい。
パラリンピックの場合には「メダル獲った!すごいですね」、という感動の先に、障がいについての意識がだんだん浸透していって、そういえば身近にあの人もいる、この人もいると意識を向けてもらうのがゴールだと思う。ムーブメントというが、なにもあらゆる障がい者がスポーツに目覚めて、ということではなく、そのピラミッドの頂点という小さな穴を通して、障がいというすごく大きいものに意識を向けて、私たちが共に生きていくということを考えられたら。そこまで広がっていくのが一番いいんじゃないかなと思います。
私はその実現に向けた答えはもっていませんが、ただひたすら仕事をするだけですね。

高橋さんがお考えになる「パラリンピックの発展」に、どのように携わっていきたいですか?
今、私ができるのはこういった機会をいただいてお話をするくらいしかないかなと。今回の取材でも選手とはまた違った角度でスポットをあてている。そうやっていろいろな角度でスポットをあててもらって少しでも情報量が増えていけば、だんだんムーブメントを大きくしていく力になるのかなと思います。皆さんの興味関心が時間とともに薄れてしまうことのないよう、なるべく関心が高い状態を続けていくことができたらと。

パラリンピックの魅力を教えてください。
パラリンピックってサポーターが多いんですよ。もちろんオリンピックだってトレーナーやコーチがいるんですけど、パラリンピックはその人を支えるために誰かがいないといけない、という面があって。もちろんオリンピックのアスリートもそうなんですが、支えられたり、支えあったりという関係が、オリンピックよりも顕著にみられる。そこがすばらしさかなと。そして単純にトップの人たちは本当に「アスリート」です。まったくオリンピックと変わらずにトレーニングをして、トレーナーがついて。障がい者だからパラリンピックだと、オリンピックとパラリンピックの違いを皆さん一生懸命探すけれど、僕は逆にそういう意味での違いはないと思います。