橋本聖子会長×小谷実可子SD×高橋尚子委員長(後編) 未来へ継承していく「東京モデル」

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東京2020オリンピック・パラリンピックにおける大会ビジョンには「全員が自己ベスト」「多様性と調和」「未来への継承」という3つの基本コンセプトがあります。おもてなしの心で、共生社会をはぐくみ、レガシーとして残していく。こうした大会を実現するために、何が必要なのか。

公益財団法人東京オリンピック・パラリンピック競技大会組織委員会の橋本聖子会長、小谷実可子スポーツディレクター(SD)、高橋尚子アスリート委員会委員長が4つのテーマについて語り合う鼎談(ていだん)。後編は「安全・安心な大会」「ジェンダー平等」です。

橋本聖子会長×小谷実可子SD×高橋尚子委員長(前編) スポーツの力で感じられる「つながり」

「できない」を「できる」に変える

東京2020大会において、安全・安心な対策は不可欠になってきます。

橋本会長

大会の延期が決まって約1年。当初は新型コロナウイルス感染症がどういうものか分からない状況だったので、選手も恐れていたと思います。でも今では、医学的・科学的な知見を踏まえ、その情報を共有することで正しく恐れることができるようになりました。そうした中で「こうすれば大会はできるんだ」という実感をそれぞれの国、競技団体が持ち始めた。世界でも、昨秋くらいから工夫し、ルールを作ることで、様々な競技で大会を実施できるようになってきましたね。

小谷SD

私が一番印象に残っているのはトライアスロンの大会ですね。コロナ対策で水を渡す人も離れなければいけないし、選手が自転車を置いてランに移るトランジションのところも密になるからと、スタッフが自転車を受け取り、素晴らしいチームワークで、テンポ良く並べていました。水を渡す人は遠くから、それも選手が取りやすいように、すごい体勢で渡していました。こういう状況だからこそ工夫して、選手のためにという思いがあふれているスタッフがいる限り、コロナ禍でも良い大会は必ずできると思いましたね。

高橋委員長

今はどの競技大会でも、コロナ対策を各自真摯に取り組み、アスリートの出入りをスムーズにできるような施策を丹念に実施しています。消毒液も100mおきくらいに置かれています。また記者会見はパーテーションがつけられていたり、リモートで実施されている。記者とも間を取ること、質問する人の場所が決められているなど、密にならない運営ができているなと感じます。

橋本会長

あとは「どれだけたくさんの方に見てもらえるのか」という観客の課題がありますけど、大会は確実にできるんだということを、選手は感じてくれているんじゃないでしょうか。

小谷SD

ある大会でリモート応援というのをやっていたんですけど、あれは面白かったです。アプリで「頑張れ」をタッチすると会場内に声が届いたり、「拍手」をタッチすると会場に拍手が起こったり。新しいスポーツの楽しみ方が到来したように感じました。

高橋委員長

これまで「できなかった」ことを「できる」に変えてきたことは、たくさんあるんですよね。レガシーとして残るのは、決して物や会場だけではない。困難に立ち向かっていき、あきらめずに工夫したこと、アイデアを出したことは、必ず次の世代にもつながっていく。そういうものを集めて、オリンピアン・パラリンピアン全員で皆さんに発信していきたいと思っています。

小谷SD

コロナ禍におけるスポーツ界の躍進には驚いています。アーティスティックスイミングは水中に人が集まらなければできない競技ですけど、こうした状況なので、各自がリモートでトレーニングをしたんですね。今までは全員一緒にやっていたので、それを1人で見るトレーナーさんは、全体に対しての声掛けしかできなかった。それが、1人ずつのトレーニングをリモートで見るようになって、これまで気づかなかった体の特徴や、効果的なトレーニング方法が分かったそうなんです。コロナ禍でも工夫して、成長した選手はたくさんいます。スポーツができる喜びや感謝を力に変えているのはすごいなと思います。

小谷実可子SD
小谷実可子SD

厳しい対策の中にもおもてなしの心を

安全・安心な大会を実現するために、アスリートが活躍できる環境をどのように作っていきますか?

橋本会長

選手たちは大きなプレッシャーの中で戦っていますよね。だから精神的な部分で、何か潤いが必要だと思っています。今までだったら大会中でも余暇の時間が与えられていたり、自分でそういう時間を作ることができていた。ただ今回は完全な体制で、「お互いの健康を守るために、これだけのことをしてください」という、厳しいコロナ対策もお願いするわけです。だからこそ、別の部分でホスピタリティを手厚くしたいと考えています。

小谷SD

参考にしているのが昨年11月の体操の国際大会です。この大会では、コロナ対策をする一方で、リラックスできるように、軽食を置いたり、スタッフたちが笑顔で接することを心掛けたそうです。大会の簡素化やコロナ対策でたくさんの我慢を強いられ、きついこともあると思うんですけど、それをおもてなしの心で埋めることが重要だと思います。先日、海外メディアのインタビューでも「大会が簡素化しても、私たちのおもてなしの心は簡素化しない」と言いました。

橋本会長

それは素晴らしい。ソフトの面で、ちょっとした空間にふと感じる癒しを、日本ならではのおもてなしの文化で、競技会場や選手村などでさりげなく表現する。こうしたきめ細やかさ、対策をきちんとやる一生懸命さは日本人が得意としている部分だと思うので、それがうまく表現されてアスリートに伝われば、コロナ禍における大会としては最高なものになるんじゃないかと感じています。

橋本聖子会長
橋本聖子会長

小谷SD

ある意味、日本人の腕の見せ所だとも思っています。先日、組織委員会内でもアンケートを取ったのですが、リスペクトを感じた事例として挙げられるほとんどのことは「言葉がけ」なんです。温かい言葉をどれだけかけることができるか、どんな笑顔を見せられるかというだけで印象が全然違います。「私たちは、皆さんに気持ちよく過ごしてもらいたい」という思いを表せる方法を考えていきたいですね。

高橋委員長

私は選手の立場からすると、選手のことをすごく考えてくれている大会だと思っています。細かく情報提供をしてくれているので、心のコミュニケーションという部分では選手とつながっているように感じられます。

ただその一方で、選手が願っているのは、「応援されるオリンピック・パラリンピックであってほしい」ということだと思います。現実的な問題として、国民の皆さんのオリンピック支持率は低く、「頑張ります」「大会をやりたいです」と言いにくいし、国民と選手の温度がどんどん離れていくことが心配です。多くの皆さんが、大会が開催されているときはどうなるのかという不安があると思うので、社会に寄り添うことや、アプリなどで安心な場所を自分で探せる方法などを示してコミュニケーションを取っていくことが必要ではないでしょうか。日本の皆さんが大会開催を受け入れてくれて、選手が「頑張ります」と言える体制づくりが大切だと思います。

高橋尚子委員長
高橋尚子委員長

ジェンダー平等推進チームの役割

ジェンダー平等の問題を受けて、小谷SDをヘッドとした「ジェンダー平等推進チーム」が立ち上がりました。

小谷SD

「組織委員会内のより良いチーム作り」「ダイバーシティ&インクルージョン(D&I)の理解の促進」「東京2020大会開催中のムーブメントの促進」と3つが、このチームの柱になります。スポーツから発信して、社会に置き換えられる「東京モデル」という形を目指したいと思っているんですね。そのために現在は専門家を含めて、様々な方にヒアリングして、多岐にわたるご意見をいただいています。それをどう落とし込んでいくかということ、あとはすでに東京2020大会で取り組んでいる「多様性と調和」についての発信を加速させることの両方が必要だと思っています。

橋本会長

私は1年半前から会長になる前まで、男女共同参画と女性活躍の担当大臣にも就いていました。この活動を通じて日本自体が、ジェンダー平等について認識が進んでいないことにあらためて気づいたんですね。担当大臣として様々な取り組みをしている中で、組織委員会の会長に就任したので、すぐにジェンダー平等推進チームを立ち上げようと考えました。今こうして注目されている状況で、組織委員会が変わる、そして変える。この「ジェンダー平等推進チーム」は崇高な精神で、あるべき姿を描いていき、それを全世界に発信していきたいと思っています。

小谷SD

私自身、これに関わったことで、日々の生き方や物の見方が変わり、新しい気づきがたくさんあるんです。ということは、大会に関わる方々に、あらためてムーブメントを促進することで1人1人の意識も変わっていく。彼らが東京2020大会後に、一番の伝道師になるんですね。日常の中でD&Iの意識が広がり、オリンピック・パラリンピックを通してスポーツ界でも意識を強めれば、その両輪で社会を変えていけるかもしれない。平和で平等な社会のためにスポーツを役立てるというオリンピックの原則に立ち返り、オリンピックの意義と重ね合わせて進めていきたいと思います。

「ジェンダー平等推進チーム」について説明する小谷SD
「ジェンダー平等推進チーム」について説明する小谷SD

高橋委員長

私はJICA(国際協力機構)の仕事をしているので、発展途上国に行く機会も多いんですけど、タンザニアは過去13回の夏季大会で110人が出場し、女性は1割程度なんですね。実際、そうした状況を変えていこうという動きが始まっています。歴史や伝統を変えていくのは難しいことですが、オリンピック・パラリンピックは世界で注目される大会なので、そこに出場することで変わる部分はすごくある。こういう国々は今後に向けて、日本の取り組みを参考にしていくと思いますし、私たちが変化していることをしっかりと伝える役割は大きいと考えています。

「時代が動いた」と言える大会に

東京2020大会は、選手の参加割合という点でジェンダーバランスが最も整った大会になります。これは未来にどうつながっていくと考えますか?

橋本会長

東京2020大会はオリンピックに48.8%、パラリンピックに少なくとも40.5%以上の女性アスリートが参加します。私は高校1年生のときに初めて世界大会に出場したんですけど、そこで驚いたのが女性選手に対しての環境が整っていたことです。女性のコーチやトレーナーが当然のようにいて、女性の医療スタッフなどもいる。日本は選手と監督しかいなかった。女性の地位もそうですが、スポーツの社会的な地位も確立させていく必要があると感じましたね。当時からスポーツはビジネスであり、教育であり、産業であるという世界の姿を見てきて、日本の状況に危機感を覚えていました。日本のスポーツ界もそこからかなり変わってきていますが、今後、ジェンダー平等の視点で環境を整えていくことが重要ですし、女性アスリートのレベルを上げていくことが、スポーツ界全体のレベルアップにつながると思います。

小谷SD

競技の参加率もそうですが、東京2020大会は、ボランティアも女性が6割になり、性別だけではなく、幅広い年代の方が務めるなど、多様性を表現できる大会になっていると思います。世界に対して日本がジェンダーを含めて、多様性について真剣に取り組もうとしていることをアピールするとともに、未来の大会はこれが当たり前だという形で継承していきたいですね。

高橋委員長

やはり「あの大会から時代が動いた」と言える大会にしたいですよね。女性が50%、男性が50%と決めて選ぶのではなく、「選ばれた人が男女で平等にいた」となるようにしたい。例えば女性が出産や育児などを経て、10年くらいブランクがある中で、いきなり役員になるのは不安も戸惑いもあると思います。私は車のゴールド免許を持っているんですけど、この10年間は運転していません。ゴールド免許を持っているから「車に人を乗せて、東京を走れ」と言われても、怖くて走れないですよね。そのときどうするかと言うと、教習所であらためて勉強する、あるいは知人を隣に乗せて家の周りを走って確認するということです。そういう今の現場の状況を把握したり、求められていることを理解することが、女性が役員になるまでに全くないんですね。こうした場をしっかり作れれば、それはあとに残っていく。東京2020大会がそのきっかけになることを信じています。

「『あの大会から時代が動いた』と言える大会にしたい」と語る高橋委員長
「『あの大会から時代が動いた』と言える大会にしたい」と語る高橋委員長