陸上 小池祐貴のAthlete Journey 9秒台よりこだわる「世界一」の称号

快挙という感覚はなく後悔も

陸上競技の男子100mにおける「10秒の壁」は、日本人選手にとって長年超えることができない高い壁だった。しかし、2017年9月に桐生祥秀が日本人初の9秒台となる9秒98をマークすると、19年5月にはサニブラウン・アブデル・ハキームが9秒99を出し、それに続く(サニブラウンはその1カ月後にも9秒97をマークし、これが現在の日本記録となっている)。そして同年7月に日本人3人目の「9秒台スプリンター」となったのが小池祐貴だ。桐生と同じ1995年生まれの小池は、IAAFダイヤモンドリーグ・ロンドングランプリで9秒98をマークした。

「ホッとしましたね。その前から9秒台は出せると思っていたんですけど、ちょっとしたところでミスをしてしまって、もったいないレースが続いていたんです。この大会は世界のトップ選手も多く出場していたので、ここで優勝したら自分もその仲間入りができると思っていましたし、持てる力は発揮できたと思います」

ただ、9秒台をマークしたとはいえ、結果は4位。日本では「快挙」と報じられ、周囲からも祝福の言葉をかけられたが、小池自身は違和感を抱いていた。この日は体の調子が非常に良く、予選ではミスをしながらも10秒09で走った。それを修正すれば9秒98よりもっと良いタイムを出せる感覚さえあったからだ。

「『勝てる』と思っていたんです。でも気持ちが先に行き過ぎてしまい、ゴールまで駆け抜けられなかった。その後悔が先にありましたね。電光掲示板を見たら3位にも名前がなくて、どんどんテンションが下がっていきました(笑)。それで4位に名前が出て、タイムを見たら9秒台だったと。個人的には出ると思ったタイムが出て安心したくらいで、快挙という感覚はなかったし、そこのずれは変な感じでした」

タイムが10秒台でも優勝する方がうれしい

陸上は、「順位」と同時に「記録」も注目される競技だ。たとえ優勝しても、その記録が期待に沿うものでなかったら、メディアでの報じられ方や人々が抱く印象も異なってくる。「順位」と「記録」は共に重要で、どちらに比重を置くかは、選手それぞれの考えによるところが大きい。小池は前者を重視するタイプだ。

「僕は世界一になりたいんです。もちろん100mで取れたらうれしいですが、もし他の種目で1番になれるなら、そちらを選択します。世界歴代何位の記録を出すより、タイムが10秒台でも優勝する方がうれしいです。例えば大雨で走るどころじゃない状況でも、僕は『絶対にみんなやる気をなくしているから、これはチャンスだ』と思って試合に行きます。そういうタイプです」

記録は条件がそろったときにしか出ない。小池はそう考えている。どれだけ調子が良くても、当日に雨が降ったり、向かい風が吹いていたら可能性は低くなる。そのため小池は、条件に左右されやすい記録よりも、それぞれのレースで世界レベルの相手とどれだけ戦えたかを重視している。

「世界一」への思いを強くした出来事は、大学1年次の2014年に出場した世界ジュニア選手権の男子200mで喫した敗北だ。小池は過去大会を踏まえて、決勝では20秒3台を出せば優勝できると予測していた。そしてその通り、小池は追い風参考記録ながら20秒34をマークした。しかし、結果は4位。優勝者の記録は20秒04だった。

「計画段階から間違っていたこともあって、ショックは大きかったです。ただ、これがきっかけで世界への意識は強くなりました。何をやっているときも、『世界の決勝で戦うために』『世界でメダルを取るために』という基準で物事を考えるようになりました」

世界ジュニア選手権の男子200mで喫した敗北が、世界への意識をより強めるきっかけとなった
世界ジュニア選手権の男子200mで喫した敗北が、世界への意識をより強めるきっかけとなった

自分以外の力にもベクトルを向ける

小池が初めて国際舞台で結果を残したのは、社会人1年目の2018年にインドネシアで行われたアジア競技大会だった。男子200mに出場した小池は自己ベストを更新する20秒23をマークし、同種目においては、末續慎吾以来となる日本勢12年ぶりの金メダルを獲得した。「陸上選手としてようやく国際デビューできたなという感じでしたね」と、当時を振り返る。

この年、小池は100mでも自己ベストとなる10秒17を出し、日本選手権で4位に入賞した。記録が伸びたのは、これまでのトレーニングでベースとなる技術がつき、速く走るために必要な要素を感覚的に理解できたことが大きい。

「自分の筋力や骨格で発揮する力だけだと、なかなか体は前に進んでいきません。それ以外にも足を接地したときに地面から受ける反発力、さらには重力や風の力を利用したり、頭を少し下げるだけでも感覚は変わってきます。自分の力を発揮することだけに向けられた主観的なベクトルを、自分以外の力にも向けられるようになったことで、タイムが伸びていったんだと思います」

加えて大学3年次に知り合った臼井淳一氏が、専属コーチについたことも転機となった。臼井コーチは走幅跳の元日本記録保持者で、ロサンゼルス1984大会では7位に入賞した経歴を持つ。走り込みやウエートトレーニングなどが中心で、決して特別なメニューをこなしているわけではないが、「コーチはあまり指示をしない方なので、自分で練習の意味を考える必要があります。ただその分、答えにたどり着いた道筋を覚えているので、実になることも多い」と、小池は言う。こうした様々な要素が有機的に絡み合い、小池は飛躍的な成長を遂げた。そしてそれが翌2019年の9秒台という記録につながっていくのだ。

自分以外の力にもベクトルを向けられるようになったことで、タイムが飛躍的に伸びていった
自分以外の力にもベクトルを向けられるようになったことで、タイムが飛躍的に伸びていった

トラックを離れて分かったこと

2020年は日本のみならず世界にとっても新型コロナウイルス感染症拡大の影響で、かつてない困難を強いられる年になった。小池自身も緊急事態宣言による自粛期間中は、練習拠点のトラックが使用できず、人通りが少ない時間帯に、地面が平たんな場所を見つけてトレーニングをしていたという。

ただ不自由な側面があった一方、競技について考える時間が増えたことはプラスだった。

「今回、2カ月ほどトラックを離れ、別の場所で練習しただけで、走りのバランスが崩れることが分かりました。逆に考えると『これさえできれば自分は走れる』『これが自分にとって大事な感覚なんだ』ということが絞り込めたのは大きいです。具体的には腰が水平移動できているか、あとはスタートからの前半をより効率的に走るということです。それが分かったことで、走りの安定性を維持したり、今後のトレーニングメニューを組み立てる1つの指標になるので、データという観点で非常に有益でした」

2020年の最終戦となった10月の日本選手権では、100mが10秒30で3位、200mは20秒88で2位だった。自身も含め多くの選手が予定通りトレーニングを積めない中、両種目とも表彰台入りしたことについて、小池は「合格点をあげてもいいかな」と笑みを見せる。

東京2020大会はこの2種目と、4×100mリレーで出場を狙うが、ライバルは多い。それでも、他の選手のことは意識せず、あくまで自らの走りだけにフォーカスする。

「世界一になる」というアスリートとしての最終目標はまだ道半ば。メダルを目指す東京2020大会、さらにその先を見据え、小池はこれからも走り続けていく。

昨年10月の日本選手権では100mと200mで共に表彰台入り。ライバルは多いが、自分の走りだけにフォーカスする
昨年10月の日本選手権では100mと200mで共に表彰台入り。ライバルは多いが、自分の走りだけにフォーカスする

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