小谷実可子SDが考える大会運営 「対策によって安全性を、ソフト面で安心感を」

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2020年10月1日(木)、公益財団法人東京オリンピック・パラリンピック競技大会組織委員会のスポーツディレクター(SD)に小谷実可子氏が就任しました。同職は東京2020大会における競技運営の幹部として、国際オリンピック委員会(IOC)や国際パラリンピック委員会(IPC)、各競技団体などとの調整を行いながら、アスリートファーストの大会の実現を目指していきます。

新型コロナウイルス感染症の世界的な拡大により、1年延期された東京2020大会では、かつてない厳重な対策が施されることになります。安全・安心な大会を実現するために必要なことは何か? ソウル1988大会のシンクロナイズドスイミング(現アーティスティックスイミング)、ソロとデュエットで銅メダルを2つ獲得するなど、オリンピアンでもある小谷SDにご自身の考えを語っていただきました。

印象に残っている選手たちの笑顔

SD就任の打診を受けたときの率直な気持ちを教えてください。

東京2020大会については、招致段階のときからずっとお手伝いをさせていただきました。(ブエノスアイレスで行われたIOC総会で)大会の開催が決まった瞬間も現地で見ていた分、それを楽しみにする気持ちはすごく強かったんです。今までもJOC(日本オリンピック委員会)や世界オリンピアン協会の立場として、また日本国民の立場として様々な角度から楽しみにしつつ、応援をしていました。大会は1年延期になりましたが、何らかの形でお手伝いできるんだったら、何でもやらせていただきたいという気持ちだったので、打診を受けたときは喜びしかなかったです。

SD就任以降、様々な会議に出席したり、競技大会の視察をしているかと思います。それらを通じて印象に残っている出来事はありますか?

一番印象に残っているのは、競技をしている選手たちの笑顔です。11月に行われた体操の国際大会では、試合開始直前までマスクを着用するなど今までにない不自由さや規則がありました。ただ、競技しているときは皆さん充実感にあふれているのが分かりましたし、良い意味で楽しそうなんですね。それを見て、「やはりどんな不自由さがあっても選手たちは試合がしたいんだな」と感じました。後で国際体操連盟(FIG)の渡邉守成会長にお話を伺って分かったのですが、体操では十分すぎるほどの対策をした上で、リラックスできるように軽食を提供するなど、ソフト面(注:心のケアなど目に見えないサポート)でピリピリ感を軽減するような工夫をしていたそうです。

私も選手時代に出場したソウル1988大会では、地元のボランティアの方が、練習帰りにいつも「何か必要なものはありませんか。何でも言ってくださいね」と笑顔で迎えてくださいました。その笑顔に癒されたことを覚えているので、安全・安心な対策とともに、それを包むソフト面でのプラスアルファが大事だということを再認識しましたし、学びにもなりました。

競技大会の視察で一番印象に残っているのは「選手たちの笑顔」だと言う小谷SD
競技大会の視察で一番印象に残っているのは「選手たちの笑顔」だと言う小谷SD

後に戦う人のために守るべきルール

各競技の大会を視察して、実際に東京2020大会に生かせそうな知見は得られましたか?

テニスの全日本選手権では、ドクターの方々がチームを組んで競技エリアを回り、選手が移動する際にマスクをしているかをチェックしたり、少しでも体調に異変を感じた選手の相談に乗っていました。この大会では、東京に来る前に、選手たちが拠点としている地域でPCR検査をしてから集まるという方式をとっていたそうです。ただ、各地域でスポーツや競技に対する理解には違いがあります。実際にコロナ対策下での大会を開催してみて、ドクターの方々は「自分たちの役割と、大会を開催する東京を中心とした各地域間、さらに競技間の横の連携がすごく大切だ」とおっしゃっていました。ドクター同士の連携やその役割が非常に重要だということが分かったので、他競技にも共有していきたいと思います。

体操の国際大会が行われた後、FIGとの意見交換会も参加されていましたが、どういうことを参考にしていきたいと感じましたか?

体操では、大会を成功させるために、選手たちが「絶対に感染しない、感染させないことを徹底して競技に参加しなければいけない」という気持ちを強く持っていて、緊張もしていたようです。会場ではなるべく人と関わらないようにし、先ほど申し上げた軽食についても、最初は誰も手を付けなかった。そういう状態から大会が始まったんですね。ただ、選手たちも一緒に競技をして、周りの関係者やボランティアといった思いを同じくする人と関わっているうちに、すごく表情が柔らかくなり、途中からは軽食を持ち帰るようになったそうです。徹底的に対策をしてもらえていたから、そういう安心感が生まれ、一歩進んだわけです。様々な対策をしている中での小さな一歩は、工夫していきたいと思いました。

逆に大会を視察して感じた課題はありますか?

これはオリンピアンとしての意見ですが、体操の国際大会は、選手が「自分たちで前例を作って、オリンピック開催につなげたい」という使命感を持って集まってくださった大会なんです。参加した国の数や期間も違います。オリンピックとパラリンピックは、その大会を最終ゴールとして集まる選手が多いので、自分の試合まではすごく強い意識を持っていると思いますが、それが終わった後に選手村に戻ると緩んでしまうかもしれない。今後いろいろとルールが設けられると思いますが、マスク着用など帰国するまでしっかり意識を持ってもらうこと、自分だけではなく、後に戦う人のためにも守らなければいけないルールだということを、世界から集まるアスリートに理解してもらえるようにこれから働きかけていく必要があると思っています。

渡邉守成FIG会長(右から2人目)、岩崎安伸FIGアンチドーピング・医科学委員長(右)らとの意見交換会にも参加
渡邉守成FIG会長(右から2人目)、岩崎安伸FIGアンチドーピング・医科学委員長(右)らとの意見交換会にも参加

なるべく近い関係で選手に情報を

選手の不安を軽減するために小谷SDはどういうことに尽力していきたいと考えていますか?

先日、JOCやJPC(日本パラリンピック委員会)のアスリート委員会に出席し、情報を共有させていただきました。それは10月の「IF(国際競技連盟)セミナー」でもしていて、IFから選手たちの耳にも届くと思うのですが、同じ内容でも、遠回りして組織から来るのと、オンラインではあっても面と向かって、私の方から「こうなりますよ」と具体的に言うのとでは、やはり受け止め方が違うと思います。選手の皆さんから「すごく分かりやすかったし、安心して大会を迎えられそうです」という意見をいただいたときに、「これも私がやっていかなければいけないことの1つだな」と感じました。なるべく近い関係で選手に情報を伝え、彼らの不安や分からないことを受け止め、組織委員会の中でも共有することをしっかりやっていきたいと思っています。

安全・安心な大会を実現するために一番カギとなることは何でしょうか?

対策に関しては、できることはすべてやることだと思います。それによって選手は「守られているんだ」と安心感を得ることができる。加えて、ソフト面で人の笑顔や、おもてなしの精神で、そのピリピリした対策を温かいものにする。対策によって「安全性」を与え、ソフト面で「安心感」を与える。その両輪を維持することが、選手にとって安全・安心な大会に結びつくんじゃないかと考えています。

コロナの影響もあって、オリンピック・パラリンピックの在り方も変わりそうですね。

今回は大会の簡素化も進んでいますが、競技環境が担保される限り、大会の質や輝きは失せないと思いますし、選手にとって「本当に必要なものは何か」ということが、コロナ禍の大会で問われています。それは東京2020大会以降の新しいモデルにもなります。良い意味でチャンスですよね。日常生活でも、家に早く帰って家族と過ごす楽しさに気づいた人が多かったり、オンライン会議の普及によって会議の無駄な部分が省かれたり、といった良い面を見つけ始めています。それと同じようにオリンピック・パラリンピックもコロナを通じて新しい時代に入ると思います。

IFセミナーで情報共有を行う小谷SD。「選手と近い関係で不安を受け止めたい」と言います
IFセミナーで情報共有を行う小谷SD。「選手と近い関係で不安を受け止めたい」と言います

スポーツがどれだけ社会に力を与えるかを証明する大会に

ご自身が実際に見てきた中で、印象に残っているオリンピックはありますか?

シドニー2000とロンドン2012大会はすごく印象に残っています。シドニーでは、聖火ランナーを務めさせていただきました。私はシドニーの田舎町を走ったんですけど、走り終わった後に子どもたちが集まってきて、「小谷実可子さん、ソウルオリンピックでの銅メダル獲得おめでとうございます。私たちの町を走ってくれてありがとうございます。記念に写真を撮ってくれませんか」と言ってくれたんです。オーストラリアでは、社会貢献なども含めて人間として優れていなければ、スポーツがいくら強くても尊敬されないそうです。「そういう土壌があるから、文化やオリンピアンの背景を調べて、お礼を言うことができるんだな」と感動しました。

ロンドンでは、ボランティアの方がすごく記憶に残っています。メインスタジアムに競技を見に行ったとき、おじいさんとおばあさんが元気に「This way(こちらです)」と案内をしていたんですね。「こんなに近くにいるのに中で見たくないの?」と聞いたら、「自分たちは、競技を楽しみにしながら、スタジアムに笑顔で向かっていく人たちをずっと見られることが幸せなんだ」と言っていました。良いコンビだったので、てっきり夫婦かと思ったら赤の他人でした(笑)。「スタジアムに行くみんなの笑顔を見るだけで幸せ」と言える文化は日本の中でどうやったら育つのか。そういうことを考えるきっかけにもなりましたね。

印象に残っているオリンピックについて語ると、自然と笑顔に
印象に残っているオリンピックについて語ると、自然と笑顔に

東京2020大会に期待することを教えてください。

「人は工夫して、知恵を出し合えばできるんだ」ということを、東京2020大会を通して証明できればと思っています。東京2020大会のビジョンは「スポーツには世界と未来を変える力がある」というものです。2011年の東日本大震災後にアスリートたちが被災地を訪問した際も、被災者を励ますために行ったのに、逆に「(翌年の)ロンドンオリンピックを楽しみにしていますね」と応援された。その後、大会に挑んだ選手たちが、当時では最多となる38個のメダルを獲得しました。私は以前JOCでアスリート委員長をしていたので、選手たちの変化を見ていたんですけれど、大会後に銀座でのパレードを目の当たりにして、「スポーツはこんなに人々に感動を与え、社会を元気にすることができるんだ」ということを感じた人が増えたと思うんです。あらためて東京2020大会を成功させ、オリンピック・パラリンピックが日本や世界に勇気を与える。そして、スポーツがどれだけ社会に力を与えるかということを証明する大会にできればいいなと思っています。