中村知春、GM兼任で目指す女子ラグビーの価値向上 二足のわらじを履くアスリートたち

nakamura_chiharu_photo1

東京2020大会に出場する、もしくは出場を目指すアスリートの中には、競技者とは別のキャリアを築く選手がいる。ラグビー女子セブンズ日本代表のキャプテンを務める中村知春もその1人だ。リオデジャネイロ2016オリンピックに出場するなど、主軸として日本をけん引しながら、2019年12月に自らが主体となって福岡県に創設したクラブチームの選手兼ゼネラルマネジャー(GM)に就任した。「ラグビー選手」と「GM」という二足のわらじを履く中村の生き方に迫った。

第一人者としての使命感、ラグビーに対する恩返し

練習環境の整備、マッチメーク、選手のリクルーティング、スポンサーへのあいさつ回り。GMの仕事は多岐にわたる。2019年夏に放送されたテレビドラマで、主演の大泉洋さんが低迷していたラグビーチームを再建するGM役を好演したが、クラブと企業チームとの違いはあるとは言え、まさにそれを地で行く格好だ。「いわゆる何でも屋さんですね」。中村はそう言って笑う。

以前からGMの仕事に興味があったわけではない。むしろ昔はGMが何の略かすら分かっていなかった。ただ、長く日本代表としてプレーしてきた中で、今後のキャリアを考えたとき、自身をここまで育ててくれたラグビーに対して恩返しをしたいと思うようになった。コーチングの勉強もしていたが、「それよりももっと大枠の部分でシステムを作っていく方がいいなと思い、GMという立場でチームを作ったんです」と、経緯を語る。

中村には競技の第一人者として抱く使命感がある。それは「日本における女子ラグビーの価値を上げること」だ。そのためには競技人口を増やし、競争力も高めていく必要がある。福岡にクラブを作ったのも、「福岡にはラグビーをやっている女の子が多いんですけど、クラブチームがなかった。本気でラグビーを続けるとなったら、関東に行くなど地元を離れる必要があるんです。九州で育った子たちが九州のためにそのまま力を使えるようなチームがあればと思ったから」だと言う。

練習環境の整備、スポンサーへのあいさつ回りなどGMの仕事は多岐にわたる
練習環境の整備、スポンサーへのあいさつ回りなどGMの仕事は多岐にわたる

目的を達成するためのもう1つの手段

クラブを立ち上げてから、もう少しで1年が経過しようとしている。GMとしての仕事は山積みで、「この1年は10年くらいに感じました」と苦笑する。ましてや新型コロナウイルス感染症拡大の影響もあり、これまでの生活様式が一変した状態だ。その苦労は想像に難くない。ただ、2019年12月の段階では東京2020大会も通常通り開催される予定だった。大会まで残り8カ月ほどしかない状況で、なぜ新しいクラブを設立し、あえて負担の大きいGMという仕事を引き受けたのか。

「オリンピックに出場し、選手として結果を出すことが『女子ラグビーの価値を上げる』という目的に到達する最短ルートだと思うんですけど、それを目指しつつ、目的を達成するための手段は他にも持っていてもいいと思うんですね。そのもう1つの手段が私にとっては、九州で必要とされている新しいチームを作ることでした。現役のアスリートとして、自分の名前と肩書きを十分に生かせる今、大変ながらもやっていく価値はあるんじゃないかと思って、挑戦しようと考えたんです」

これまでの所属先と日本代表の拠点が埼玉県熊谷市だったため、緊急事態宣言による自粛期間はそこに滞在し、現在は福岡と埼玉を行ったり来たりしている。週に1度はオンラインでミーティングを行い、クラブの選手やスタッフとのコミュニケーションは欠かさない。

現役アスリートとしての自分の名前と肩書きを十分に生かせる今だからこそ、挑戦することを決断した
現役アスリートとしての自分の名前と肩書きを十分に生かせる今だからこそ、挑戦することを決断した

自分がロールモデルになり、夢をかなえる仕組みを作る

GMにせよ、日本代表で務めるキャプテンにせよ、「夢を描いて、それを言語化し、語り続ける必要がある」と中村は言う。その夢は、将来を見据えたビジョンにも置き換えられる。「スポーツを通じて人間育成をすることで、子供からシニア世代までが夢を持って社会へ参加し、互いに奉仕する世界。~ラグビーのように多様な人々が集まり手を繋ぎ合えば、必ず社会を笑顔にできる~」。それがクラブとしてのビジョンだ。

ただラグビーが強いだけではない。競技生活が終わってからの方が人生は長いため、クラブと関わることを通じて、自分がなりたいものを見つけていく。そうしたロードマップを作っていきたいと、中村は考えている。

「もちろん競技面において、日本一という結果は目標の1つです。ただ、このコロナ禍において、強さだけがスポーツの価値ではなくなってきていると感じていて、強さだけを追求していくと見失うものがすごく大きいんじゃないかなと思っています。私は競技の結果とは別に、選手とスタッフが日本一幸せなチームにしたい。だから誰も取りこぼさず、本当に大切なものを、チームを通じて見つけられる組織にできたらいいなと考えています。『このチームに入ればこういうふうになれる』と、自分がロールモデルになり、夢をかなえる仕組みをもっと作っていきたいですね」

自身がロールモデルになり、夢をかなえる仕組みを作るため、中村は日々奔走している
自身がロールモデルになり、夢をかなえる仕組みを作るため、中村は日々奔走している

「メダルを取る」という目標の裏にある目的

夢を描くのは楽しい。しかし、現実を見て割り切らなければならないことも当然ある。クラブの金銭的な面からマネジメントに至るまで悩みは尽きない。時間の制約もある中、両立を続けられる理由を、中村は「目的がはっきりしているから」だと語る。

「リオデジャネイロ2016オリンピックに出場したときは、目的と目標を混同していました。金メダルを取ることが目標だったんですけど、その先に『なぜ金メダルを取りたいのか』という目的がなかった。そういう目標はすごくもろいんです。それがダメになった瞬間、『人生が終わった』というような落ち込み方をしてしまった。今は『女子ラグビーの価値を上げる』という目的を達成するためであれば、AルートでもBルートでもいい。こっちがダメなら、もう1つの道があるという感覚でいられるから、大変でも続けられるんだと思います」

自分の目的を認識するきっかけにもなったリオ2016大会から4年が経過した。リオでは金メダルを目指しながら、1勝4敗の10位に終わり、挫折を味わった。しかし、その苦い経験が学びにもなったという。

「リオまではアスリートになる前の段階だったなと、今振り返るとそう思います。オリンピックの本質も理解しておらず、そういうものを無視して結果にこだわって臨んだから勝てなかった。リオ以降は、ただ強いだけじゃなく自分の姿勢をプレーで体現できるようなアスリートになることを意識してきました。そこは自分の中でも変わった4年間だと思います」

東京2020大会でも、出場するからにはメダルを目指す。しかし、今回は確固たる目的がある。女子ラグビーの価値を上げるために。その意志こそ、苦しい状況に陥っても中村を立ち上がらせる原動力となる。

「女子ラグビーの価値を上げる」という目的が、中村を前進させる原動力となる
「女子ラグビーの価値を上げる」という目的が、中村を前進させる原動力となる

二足のわらじを履くアスリートたち

黒木茜が築く「社長」というキャリア

髙田真希、社長として描く希望

広田有紀、将来は医師として女性支える

戸邉直人は「研究者」としても走高跳を極める

脇本雄太、自転車に人生を懸ける

原希美、仕事と両立「支えられていること」知る