バレーボール 荒木絵里香のAthlete Journey 主将として母として、何よりミドルブロッカーとして輝きたい

4度目のオリンピック、集大成の東京2020オリンピックでメダル獲得を目指す
4度目のオリンピック、集大成の東京2020オリンピックでメダル獲得を目指す
荒木絵里香のAthlete Journey
04:11

2つの大きな決断

東京2020オリンピックへ向かう道で、荒木絵里香は2つの大きな決断をした。

2020年を目前にしたある日、1本の電話があった。女子日本代表の中田久美監督からだった。

「キャプテンをやってほしい」

驚いた。即答はできなかった。中田監督体制になってからずっと主将を務めてきた岩坂名奈の思いも考えた。それは監督も同じだろう。

2019年のワールドカップでの試合内容や雰囲気……、日本はメダルに届かず5位、東京へ不安を残した。「勝てないのはリーダーがいないから」。中田監督はそう言った。「戦術やコンセプトがわからない」「チームが一つになっていない」。そんな声も聞こえた。女子日本代表は迷いの中にいた。それを誰よりも憂いていたのが、ロンドン2012大会に主将として出場し28年ぶりの銅メダルを獲得した荒木だった。

「オリンピックを考えたらやるしかない」。そう決めて、翌日、中田監督に返事をした。

2020年が明け、主将として東京に向けリスタートした矢先、新型コロナウイルス感染症拡大の影響で大会の1年延期が決まった。

荒木は大会時、37歳になる。体力面に加え、代表合宿などで長く家をあけ小学1年生の娘に寂しい思いをさせる、そんな生活がもう1年続くのだ。正直、ショックだった。しかし数日後、「延期はどうしようもないこと。悲観的になっている場合じゃない。やるしかない」と、もう一つの決断をした。

「自分のオリンピックへの思いもですが、メダルという目標に向かってチームみんなで頑張って積み上げてきたこと、キャプテンという役割、その責任と使命感で頑張りたいと思いました」

延期が決まってすぐ中田監督からも連絡があった。心配してくれたのだ。「頑張ります」と気丈に答え、荒木は7月、再開された代表合宿に参加した。荒木の姿を見て、中田監督は安堵(あんど)したという。「大きな覚悟を持ってまた挑戦すると決めて(合宿に)来てくれている。それは日々の練習を見ても感じるし、自粛の中、子育てしながらコンディションを整えてきたのはさすが」と、信頼を込めて話した。

大会1年延期のショックを乗り越え、主将として再び東京2020オリンピックへ
大会1年延期のショックを乗り越え、主将として再び東京2020オリンピックへ

「対策されても攻略されない」日本独自の戦術

中田ジャパンが東京への武器と考えているのは、「JAPAN WAY」だ。日本には世界ランキング1位中国のシュ・テイ、世界女王セルビアのティヤナ・ボシュコビッチ、世界選手権準優勝イタリアのパオラ・エゴヌのような絶対的エースがいない。加えて強豪国に平均身長で約10cm劣る。横綱たちと同じバレーボールをしても勝ち目はない。ゆえに、「対策されても攻略されない」日本独自の戦術が必須なのだ。それを確固にすべく攻撃の「スピード」「コンビネーション」「枚数」にこだわる。

世界の強烈なサーブに負けないサーブレシーブ隊形の確立。オポジット(セッター対角)にエースがいるチームに対するディグ(スパイクレシーブ)の強化。堅いディフェンスからの速いオフェンス展開。ブロッカーを迷わすために常に3、4枚攻撃を揃え、複雑に仕掛ける。バックアタックの本数を増やし、様々な位置から打つ。ゲーム形式の練習では「バックアタックの得点は3点」というルールも取り入れた。

日本独自の戦術「JAPAN WAY」を武器に「戦う集団」に
日本独自の戦術「JAPAN WAY」を武器に「戦う集団」に

2020年8月の日本代表紅白リモートマッチでも、複数の攻撃参加やラリー中にもバックアタックを使おうとする姿勢が見て取れた。

「絡みなど攻撃のバリエーションを増やそう、複数で仕掛けて点数を取ろうと、オフェンスへの意識が高まっているので、その正確性を上げて海外相手にもやっていきたい」と、久々の実戦での手ごたえに荒木は目を輝かせた。

久しぶりの実戦、日本代表紅白リモートマッチでプレーする荒木
久しぶりの実戦、日本代表紅白リモートマッチでプレーする荒木
(c)JVA

コンセプトがはっきりしてきた一方で、気になることがあった。

中田監督が目指す「ワンフレームバレー」への理解だ。絵または写真のフレームに収まるように1本目を返し、流れるようにテンポよく攻める。「チーム状態や相手によって適切な動きをし、確実に点を取れるように判断を早くするための負荷」。中田監督はこう説明したが、型にはまったように1本目を低く速く返し、セッターに余裕がなくなり選択肢が減りトスがレフトに偏る、アタッカーの準備が間に合わず打ち切れずブロックに遭う。ネーションズリーグやワールドカップでもそんなシーンが何度か見られた。

それには荒木ら選手も気づいていた。

「選手からも意見が出て、理解を合わせていこうと話しました。スピーディーに行く場面は速く、パスを浮かしてほしい状況ではそう声を掛け合う。監督も『パスを低くしなさい、高く上げてはダメということじゃない』『今は待たなきゃ』『毎回そんなテンポで(パスを)ついたらダメだよ』と練習でも言ってくれているので、今は共通理解になっていると思います」

「東洋の魔女」のように。再びの東京で金メダル獲得を誓う中田監督
「東洋の魔女」のように。再びの東京で金メダル獲得を誓う中田監督

チームビルディングにはそうした一つ一つの理解の積み重ねが大事なのだ。

相原昇コーチの加入もプラスに働いている。東九州龍谷高校監督時代に12度の全国優勝、若手世代を世界ジュニア選手権(U-20)で世界一に導いた名将が、中田監督の考えを具体化し理解を深められるよう細かい指示を出す。ポジティブな言葉で選手をほめる。

チームに明るさや一体感が戻ってきた。

「すごいエースのいない自分たちが、それでも世界に勝つには、お互いを生かしあうこと。スピードのある日本独自のコンビバレーと、やっぱり最後はチーム全員で何とか1点を取りきるという、日本らしい粘り強さや組織力が自分たちのストロングポイントだと思うから、オリンピックの舞台でも束になって戦いたい」

日本代表は確かに変わろうとしている。

チーム全員で何とか1点を取りきる、組織力を見てほしい
チーム全員で何とか1点を取りきる、組織力を見てほしい

バレーボールのために、娘のために

女子バレーボールは「東洋の魔女」の金メダルから始まったとも言える伝統と歴史のある競技だ。「(金メダルを獲得した)東京なので、頑張りたい」と中田監督はそう決意表明した。荒木にとっては北京2008大会以来、4度目のオリンピックになる。

「集大成と考えているので、自分の仕事を全うしたい。最後までベストを尽くして、いい結果を出して泣き笑いたいです」と、2度目のメダルを目指す。

家族に負担を強いて申し訳なく思いながらも、自分がオリンピックで頑張れば、娘もその姿からきっと何かをつかんでくれると信じ、旅を続ける。バレーボールが大好きだから。

「最近、『ママはどうしてこんなにバレーボールが好きなんだろうね』と娘が母に言ったらしいんです。『自分のことが一番大好きと言ってるのに大事な自分を置いてバレーに行く』と。好きが違うんですけどね……。今は理解しきれないかもしれないけど、記憶に残ると思うので、恥ずかしくないプレーをしたい」と心に誓う。

「バレーボールにとっての大きなターゲットが東京2020オリンピック。たくさんの人に魅力を伝えられる機会だと思います。バレーボールって面白いですよね。わかりやすいし、どの世代でもできる。日本人の気質に合うスポーツだと思うんです。代表が結果を出せば、競技が発展する。見る人に何かを感じていただけるゲームができるように頑張りたい」

主将として出場したロンドン2012大会。日本は28年ぶりの銅メダルを獲得した
主将として出場したロンドン2012大会。日本は28年ぶりの銅メダルを獲得した

「ミドルの決定力がない」と言われたくない

「頼れるキャプテン」「ママさんアスリート」。人は荒木をそう評する。だが、荒木には何よりも「ミドル(ミドルブロッカー)として貢献したい」という思いがずっとある。「JAPAN WAY」の基点はミドルであり、トータルディフェンスのカギを握るのもミドルだからだ。

悔しさもある。日本はミドルの打数が少なく存在感がない。ずっとそう言われてきた。実際、銅メダルを獲得したロンドンも荒木の得点は8試合で32点(スパイク20点)。前回のリオデジャネイロでは、セッターとの信頼関係を完全に築けないまま大会に入ったように見え、6試合で36得点、スパイクは20点のみだった。東京では、そんな不安も払拭したいと思っている。

「上げづらいミドルにならないように。ミドルが決めないとサイドも生きないから、点の取れる選手でいたい。機動力を出し相手にとって嫌な存在になる。ブロックでは、日本のディフェンス力を生かせる組織的なブロックをリードしたいです」

ミドルの存在感がないとはもう言わせない。「点の取れる選手でいたい」
ミドルの存在感がないとはもう言わせない。「点の取れる選手でいたい」
(c)JVA

2003年に日本代表に初選出されオリンピックに3大会連続出場、VリーグではMVP2度、スパイク賞3度、ブロック賞7度。名実ともに日本のトップアスリートだが、「私は下手。技術が足りない。もっともっとうまくなりたい」と今も口にする。20歳の若手に刺激を受け、学びながら鍛錬を続ける。

「なら、東京では、今までで一番うまい荒木絵里香選手が見られるわけですね」と言うと、「それは間違いないです! 頑張ります」。とびきりの笑顔でそう答えた。

バレーボール人生のすべてをかけて。東京では「いい結果を出して泣き笑いたい」
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(c)JVA

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