広田有紀、将来は医師として女性支える 二足のわらじを履くアスリートたち

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東京2020大会に出場する、もしくは出場を目指すアスリートの中には、競技者とは別のキャリアを築く選手がいる。陸上競技で女子800mを主戦場とする広田有紀もその1人だ。現在は大会出場を目指し競技に専念する一方で、今春まで医学生として競技者との二足のわらじを履き、医師国家試験に合格した。近い将来迎える研修医生活に向けて勉強を続けながら、競技に取り組む広田の生き方に迫った。

実家は診療所、母見て「同じようになるのかな」

陸上競技に取り組む姿と医師を目指す姿、2つあっての広田有紀。

2020年春、秋田大学医学部を卒業。在学中は医師免許取得へ勉学に励みながら、陸上競技にも取り組んだ。2018年には陸上の日本選手権に出場し、2分4秒33の自己ベストで4位。大学日本一を決める日本学生陸上競技対校選手権でもトップ争いを演じた。臨床実習は長時間拘束されることもあり、時間の制約もある中、両立させた6年間を「充実しすぎていました。もっとやりたかったくらいです」と振り返る。

医師を目指そうと思ったきっかけは、広田の生い立ちにある。母親は眼科医で実家の一階が診療所だった。「一人っ子ということもあり、遊び相手欲しさに患者さんのところによくいっていました。それもあり、小さいころ母の姿を見て、漠然と同じようになるのかなと。小学校の文集には、なりたいものとして、お医者さんではなく眼科医と書いていました」。

そんな「眼科医になりたい」と願う少女は、小学校5年生のとき陸上競技に出会う。新潟市内で行われる大会のため、夏場だけ作られる陸上部に入部。そこで800mを走ってからというもの、ずっと中距離選手として腕を磨いてきた。

「中学校でも、コーチに『何をやりたい』と聞かれたとき、『800mだけやったことがあります』という話をしました。逆にそれ以外の種目をやる機会もなく、現在があります。今を思えば、昔の自分に『もっと花形種目もあるよ』と言ってあげたいくらいです(笑)」

小学校で陸上競技を始めて以来、中距離に挑み続ける(所属先提供)
小学校で陸上競技を始めて以来、中距離に挑み続ける(所属先提供)

中学、高校、大学と広田は「文武両道」を貫いた。中学生のころは将来の夢を知る母に諭されて勉強することも多かったという。しかし高校時代は進学した新潟県立新潟高校の校風もあり、人から言われるのではなく、自主的に机へと向かうようになった。土日は大会、試験期間が近づくと勉強。10代半ばは陸上と勉強の2つに一生懸命だった。その結果、高校3年生のときには全国高校総体の女子800mで優勝し、学業面でも医学部に現役合格を果たす。

「とりあえず」入部も、闘争心よみがえる

そんな広田は大学進学にあたり、陸上は高校で最後と決め、医学生として勉学に専念するつもりだった。しかし大学進学を決めた直後からSNSを通じて、先輩たちから陸上部への勧誘があったのだ。「入学式当日も、式が終わってすぐ、陸上部の人が私を見つけて、昼食に誘ってくれました。その場で医学部陸上部(医学部生が入部する陸上部)の良さであったり、気楽さであったり、『そんなに頑張らず、とりあえず』という感覚での勧誘でした。それもあり入部しました」。

優しい雰囲気の中で競技に取り組めた。とは言え、そこは元「インターハイ王者」。高校時代に培った闘争心がよみがえり、上位の大会を目指すようになった。特に大学4年生のときの日本学生陸上競技対校選手権の決勝が忘れられない。このレースで同学年の北村夢が2分0秒92と日本記録に迫るタイムで優勝。広田は2分5秒01で2位だった。

「どんどん離れていく(北村の)背中を今でも思い出しますね。映像で海外の選手が2分0秒台を出すのは見てきましたが、真後ろでそのタイムを味わうのは初めてでした。これが『オリンピックレベルなんだな』と。悔しかったですけど、それを感じることができた貴重なレースでした」

どこか「中途半端」な自分、まずは陸上を100%

陸上ではトップレベルを味わった。そして医師国家試験にも合格した。しかし「さあ研修医へ」とはならなかった。どこか「中途半端」な自分がいたのだ。陸上では高校時代と比べて「伸びていない」と感じた。そして学業の部分でも、もっと頑張れば試験でいい点数が取れていたかもしれない。そんな思いが駆け巡った。

「どうやったらこの心残りを払拭(ふっしょく)できるかと思ったら、まず今できることをする。年齢を重ねたら陸上一本にはできないと思っていたので、先に陸上をやり終えてから、研修医一本でやれば、今度は100%。むしろ中途半端にならずに、突き詰められるかなと思いました」

現在は東京2020大会の出場をつかむべく、陸上に専念する日々を続ける。特にこの先、大学時代には満足いく練習ができなかった冬場のウエートや、持久トレーニングを積み重ねて、来春以降の飛躍を誓う。一方で医学の知識を伸ばす努力も怠らない。書籍を読み、映像授業を受ける。陸上を完全燃焼させた上で、目指すところは医師だ。

「産婦人科医に憧れています。それは今、陸上選手をする中で、女性アスリートの心の部分であったり、生理機能であったり、そうしたことで悩んでいる選手の話を聞きます。また実習で一番興味を持ったのがお産でした。実習中には、『子を持つ母の支えになりたい』と強く思いました。その2つが実現できる産婦人科医を考えています」

臨床実習中の一コマ(所属先提供)
臨床実習中の一コマ(所属先提供)

6年間で得たものも今後の医師生活で生かしたいと考えている。それはコミュニケーション力だ。スポーツ界と医学界、異なる2つの世界と関わったことで、人の話の聞き方や会話の進め方をさらに磨くことができた。「2つをやったおかげです」と、広田は胸を張る。

目指すは「患者さんに一番近いお医者さん」

広田には理想とする医師像がある。それは「患者さんに一番近いお医者さん」だ。「これまで培ってきたコミュニケーション力や、考え方をうまく生かして、患者さんの話を丁寧に聞くお医者さんを目指します」。そこには、患者との距離が近い実家の診療所の風景がある。さらにそこで診察する母の姿は、広田にとって「憧れ」でもある。

陸上選手と医学生という「二足のわらじ」を履いた広田。同じように文武両道を目指す後輩世代へ、こうアドバイスする。

「どちらも『8割』くらいを目指したからこそ、変にメンタルを崩すことなく、楽しくやれたのかなと思います。完璧主義になりすぎず、両方あって2つが成り立つ。両立というのは『1つに絞るよりも楽なんだよ』というくらいの気持ちで、勉強と何か一つを向き合えるといいのでは」

「2つあって1つの自分」。東京2020大会出場と「患者に一番近い医師」、2つのターゲットに向けて広田は今、走り続けている。

陸上競技と医師への道、「2つあって1つの自分」と話す(所属先提供)
陸上競技と医師への道、「2つあって1つの自分」と話す(所属先提供)

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