出口クリスタ、カナダ代表選択で開けたオリンピック金メダルへの道

女子柔道の中で最も競争が激しい57kg級で、カナダ初の柔道金メダルを目指す出口クリスタ
女子柔道の中で最も競争が激しい57kg級で、カナダ初の柔道金メダルを目指す出口クリスタ

カナダからのオファー、決断までの葛藤

女子57kg級で世界ランキング1位の柔道家、出口クリスタはリスクを覚悟して、国籍を日本からカナダに変更した。

「難しい決断でした。でもそう決めて、今、いい形でオリンピック出場に進めていると思います」

現在24歳。出口は長野県で、日本人の母とカナダ人の父との間に生まれた。3歳から長野誠心館道場で柔道を始め、松商学園高等学校では、1年生でインターハイ優勝、全日本ジュニア柔道体重別選手権大会も制した。その後、山梨学院大学に進み、日本代表の強化選手に選ばれたが、思うような結果が出せなくなり思い悩む日々が続いた。

カナダ代表から再び声がかかったのは、そんな時だった。

「最初にカナダチームから誘いを受けたのは高校生の時でした。当時私は日本代表にいて、国籍を変えることは考えられませんでした。それでもカナダは、再び打診してきたのです」

そして2017年、もうすぐ22歳の誕生日を迎えようという日にカナダ代表になることを公表し、正式に日本代表を離れた(編注:日本の法律では、20歳以前に二重国籍となった者は22歳に達するまでにいずれかの国籍を選択しなければならない)。

東京2020オリンピックを目指すのなら、日の丸ではなくカナダ国旗の柔道着をまとうほうが出場の可能性が高まると理解していた。日本での代表争いに勝つのは厳しいと考えたからだ。

それでも葛藤があった。なかなか決断できなかった。そんな出口の背中を押したのは、3歳から柔道を指導してきた村山良治さんのアドバイスだった。恩師の言葉で気持ちが固まった。家族や友人、監督とも話し合い、カナダの国籍を選ぶことに決めた。

カナダ代表になり、出口は世界中のトップ選手と戦うことになった。その中には、もちろんかつてのチームメートの姿もある。

歴史を刻む

カナダ人柔道家となった出口は、国際大会で目覚ましい活躍を見せるようになった。そして2018年、世界選手権という大きな大会で初めて銅メダルを手にした。

翌年は特別な年になった。2019年の世界選手権女子57kg級決勝で、日本代表のチームメートだった芳田司を破り、世界チャンピオンとなったのだ。カナダにとっては初の金メダル、歴史的快挙だった。

武道の聖地である日本武道館で日本の観客が見守る中での金メダル。傍らで寄り添っていた父は、娘の偉業とカナダ国籍を選択した決断をどれほど誇りに思ったことだろう。

「カナダ代表として金メダルを取ったことは感慨深いことでした。自分の柔道人生の中でも最高の瞬間。試合の細かいことや結果は考えず、なるべく頭を空っぽにして、ひたすら目の前の戦い、相手をどうやって投げるかに集中するだけです」と、出口は語る。

年が明けた2020年、新型コロナウイルス感染症拡大の影響で、多くの国がロックダウンになる前、出口は国際大会4度目の優勝を手にすべく、相性のいいグランドスラム・パリに出場した。そしてリオデジャネイロ2016大会銀メダリストで2017年の世界女王、モンゴル代表ドルジスレン・スミヤを破った。

グランドスラム・パリ3連覇について出口は言う。

「自分でもよく分からないけれど、パリにはなぜか惹かれるんです。パリで戦うのも好きだし、雰囲気も素晴らしい。観客の熱い応援にも支えられます」

出口の連勝記録はまだまだ続きそうだ。

日本のチームメート、猫の存在

カナダ代表となっても、日本と完全に縁が切れたわけではない。生まれた時からずっと日本にいて、柔道を始めてから道場を走り回ったり年上の子どもたちと遊んでいたのだから、当然だろう。出口は、今でも日本に拠点を置き、母校の山梨学院大学で稽古をしている。

またかつての日本のチームメートとも良好な関係を続けている。

「以前のようには会えないけれど、会えた時は、今までと何も変わらず接しています。それは素敵なことです」

新型コロナウイルス感染症防止のため、稽古でもソーシャル・ディスタンスを保たなければならない。練習メニューを工夫しながら行っているが、やはり不自由な面もあるという。

そんな出口にとって、寄り添う2匹の猫、ツナとマヨが、心の支えになっている。

「猫は大切な存在です。一緒に遊んだり、共に過ごす時間は、私にとってリラックスできるひと時です」

そんな猫とのオフの時間を楽しみながらも、やはり柔道への思いは強く特別だ。東京2020大会への準備を続けるために一日でも早く実戦を再開したいと、出口は願っている。

1964年、オリンピックの正式種目として柔道が初めて開催された武道館。その聖地にオリンピックが戻ってくる。カナダ代表の出口にとって大きな舞台になることは間違いない。

「武道館で最高の演技を披露したい」と出口は言う。柔道はオリンピック精神、価値を体現するスポーツと考えているからだ。

「柔道で最も大切なことは勝ち負けに関係なく、対戦相手に敬意を示すことだと考えています。試合前、試合中、試合後と感情をコントロールするようにしていますが、それは敬意を示すためです。対戦相手も並大抵ではない努力をしてここまできています。それは尊重に値するものだと思います」

東京2020大会のライバル

東京2020オリンピックへの出場が決まれば、芳田との戦いが最大の見どころとなるだろう。

高校時代、全日本ジュニア体重別選手権大会で出口が芳田を破って以来、2人は畳の上で死闘を繰り返してきた。国際試合でも何度も対戦し、その度、どちらが優れた柔道家なのか実力を見せ合ってきた。

2018年の世界選手権で、芳田が準決勝で出口を破り金メダルに輝けば、翌年、出口が決勝で芳田を破り世界女王の座を奪う。東京ではどうだろうか。すでに57kg級の代表に内定している芳田は、世界選手権で出口に敗れた後、「東京2020オリンピックの決勝で対戦することになったら、勝つのは私です」と、雪辱を誓っている。

一方の出口は東京行きの切符を手にすべく準備しているところだ。

「オリンピック前に何回か(芳田と)対戦したいです。でもその前にオリンピック出場資格を得るために、カナダのチームメートにプレーオフで勝たなくてはなりません」

その言葉が示すように、倒さなければならないのは芳田だけではない。オリンピックでは全選手がライバル。57kgという階級では尚更だ。

「目標はもちろん、カナダに柔道初のオリンピック金メダルを持ち帰ることですが、自分がその有力候補だと考えるのは正直、難しい。57kg級は、女子柔道の中で最も競争が激しい階級だからです。ベストの状態で戦わなければ目標を達成できないでしょう」

これまでオリンピックで39個もの金メダルを獲得している日本は今も柔道大国であり、形勢は有利だ。それでも出口がカナダのために、歴史を塗り替える可能性は十分ある。出口は今、その絶好の位置にいる。