ライバル、そして友人として。切磋琢磨するアスリートたち

友人であり、「永遠のライバル」でもある萩野公介(右)と瀬戸大也
友人であり、「永遠のライバル」でもある萩野公介(右)と瀬戸大也

アスリートが成長していく過程で不可欠なのが、ライバルの存在だ。時にそれは身近にいる友人の場合もあれば、試合でしか会わない場合もある。お互いの実力が拮抗し、切磋琢磨しながら、競技のレベルを上げていく。そんな関係が理想的だろう。東京2020大会に出場する、もしくは出場を目指すアスリートにも、ライバルとして長きにわたって競い合い、友人としても良好な関係を築く選手たちがいる。彼らはどのような道のりをたどってきたのか。

萩野公介と瀬戸大也(競泳)

幼少期からの友人であり、ライバルでもある2人が、オリンピックの舞台で金メダルを懸けて戦う。萩野公介と瀬戸大也は、そんな運命的な競技人生を送っている。

「大也がいなかったら今、僕はここにはいない」。リオデジャネイロ2016オリンピックの男子400m個人メドレーで金メダルに輝いた萩野は、レース直後にそう語った。そして同種目で銅メダルを獲得した瀬戸も「公介がいたからこそ、自分は銅メダルを取れた」と、言葉を継ぐ。2人はお互いを「永遠のライバル」と評している。

萩野と瀬戸は同じ1994年生まれ。出身地は栃木県と埼玉県で違うが、小学生時代から全国大会などで顔を合わせていた。「天才スイマー」として知られ、学童記録を次々と塗り替えていた萩野は、当時の瀬戸から見れば「雲の上の存在だった」という。しかし、瀬戸が中学2年生のときに初めて萩野を破ってからは、お互いを意識するようになった。

リオ2016オリンピックの男子400m個人メドレーで金メダルを懸けて争う萩野(左)と瀬戸(右)
リオ2016オリンピックの男子400m個人メドレーで金メダルを懸けて争う萩野(左)と瀬戸(右)

2人とも主戦場は個人メドレー。ただし、得意種目は萩野が背泳ぎと自由形、瀬戸がバタフライに平泳ぎと異なる。性格も、冷静で論理的に物事を考える萩野に対し、瀬戸は楽観的で感覚派と真逆のタイプだ。それでも「似てないからこそ、一緒にいて楽しい」と、瀬戸が話すように、2人は仲が良く、オフの計画を一緒に立てることもあるという。

ロンドン2012、リオ2016で金1個、銀1個、銅2個と計4つのメダルを手にしているように、オリンピックにおける実績では、萩野が先を行く。一方、瀬戸は2013年、2015年に行われた世界選手権の男子400m個人メドレーで2連覇を達成し、2019年の同大会では男子200m・400m個人メドレーで金メダルを獲得。早々に2種目で東京2020オリンピックの出場を内定させた。萩野は来年4月に行われる予定の日本選手権での出場権獲得を目指しており、東京の舞台で再びライバルの競演となるか注目が集まっている。

伊藤美誠と平野美宇(卓球)

同い年の友人で、幼少期からライバルとしてしのぎを削ってきたアスリートは卓球界にもいる。伊藤美誠と平野美宇は、5歳のときから女子ダブルスでコンビを組み、国際大会で多くの最年少記録を打ち立ててきた。2000年生まれの2人は「みうみま」の愛称で呼ばれ、今やシングルスにおいても卓球王国である中国に脅威を与える存在となっている。

先に大きな結果を残したのは伊藤だった。リオデジャネイロ2016オリンピックの女子団体に日本代表として15歳で出場した伊藤は、チームの銅メダル獲得に貢献。卓球競技におけるオリンピック史上最年少のメダリストとなったのだ。一方、平野はリザーブメンバーとして、リオに帯同し、伊藤が銅メダルを手にする瞬間を目の当たりにした。「悔しい気持ちと、チームがメダルを取ってくれたうれしい気持ちと、その両方でした」と、平野は当時を振り返る。

5歳のときからダブルスを組み、「みうみま」の愛称で呼ばれた伊藤美誠(左)と平野美宇 (c)ITTF
5歳のときからダブルスを組み、「みうみま」の愛称で呼ばれた伊藤美誠(左)と平野美宇 (c)ITTF

ただ、その悔しさが平野を飛躍させた。リオ2016オリンピックから2カ月後に行われた女子ワールドカップで優勝。1996年の大会開始以来、中国人選手以外では初となる快挙だった。年が明けて2017年1月の全日本選手権でも、3連覇中の石川佳純を破り、史上最年少の16歳9カ月で戴冠を果たす。そして同年6月の世界選手権では、日本の女子選手としては48年ぶりに、シングルスで銅メダルを獲得。世界でトップを争うまでに成長を遂げた。

立場が逆転したかに思われた伊藤も、負けてはいない。翌2018年1月の全日本選手権では決勝で、平野との「みうみま」対決を制し初優勝を飾った。同大会では女子ダブルスと、混合ダブルスでも優勝しており、史上最年少となる17歳3カ月で3冠を達成した。伊藤は翌年の全日本選手権でも3冠を成し遂げ、名実ともに日本女子のエースとして君臨することになる。

一方が前に出ようとすると、もう一方も負けじとそれに付いていき、追い抜いていく。伊藤と平野の歩みは、その繰り返しだ。伊藤が「美宇ちゃんは自分の競技力を上げてくれるライバルでもあるし、仲の良い大親友として素でいられる相手」と語れば、平野も「普段は仲良しだけど、試合で美誠ちゃんに負けると悔しいし、美誠ちゃんも私に負けると悔しがる。そうやってお互い刺激し合ってきた」と、その存在の重要性を認める。

2020年1月、伊藤と平野は共に東京2020オリンピックの日本代表候補に選出された。伊藤は女子シングルス、女子団体、混合ダブルスの3種目に、平野は女子団体に出場する。幼いころから競い合ってきた2人が、同じ夢舞台に立つ日がついに訪れる。

お互いが刺激し合い、成長してきた2人は東京2020オリンピックへの出場を内定させた (c)ITTF
お互いが刺激し合い、成長してきた2人は東京2020オリンピックへの出場を内定させた (c)ITTF

ロジャー・フェデラーとラファエル・ナダル(テニス)

テニス界で長きにわたり、トップのランキングを維持し、生涯グランドスラム(4大大会すべてを制すること)を達成している38歳のロジャー・フェデラー(スイス)と34歳のラファエル・ナダル(スペイン)もまた、お互いを高め合う最高の関係を築いている。両者の対戦は実に40回を数え、24勝16敗と直接対決ではナダルがフェデラーをリードする。しかし、4大大会の優勝回数はフェデラーが史上最多となる20回で、19回のナダルをわずかに上回る。この成績だけでも、2人がテニス史上最高の選手たちであることが分かるだろう。

フェデラーとナダルの初対決は2004年3月。ナダルは当時17歳で、世界ランキングでも34位だったが、同1位のフェデラーをストレートで破り、見る者に驚きを与えた。それから39回の対戦を重ね、4大大会の決勝では9回も顔を合わせている(決勝の対戦成績はナダルの6勝3敗)。その中には、当時史上最長となる4時間48分に及ぶフルセットの末に、ナダルがフェデラーの6連覇を阻み「史上最高の決勝」と今も語り継がれる、2008年のウィンブルドンも含まれる。

長くテニス界をけん引してきたフェデラー。ナダルとは名勝負を繰り広げてきた
長くテニス界をけん引してきたフェデラー。ナダルとは名勝負を繰り広げてきた

芝コートで無類の強さを発揮するフェデラーと、クレーコートで圧倒的な戦績を誇るナダル。それが示すようにフェデラーはウィンブルドンで男子最多の8回、ナダルは全仏オープンで12回の優勝を飾っており、これは男女通じて史上最多だ。

「ラファは僕を強くしてくれる。彼のおかげで、自分にはもっと特別なトレーニングが必要になった」と、フェデラーは語る。初対戦から15年以上が経過しているが、現在も両者がトップレベルを保ち、これほど長期にわたるライバル関係が続いていること自体、他に類を見ない。そしてこの2人が友人として、お互いへの尊敬の念を隠さないこともまた彼らの偉大さを際立たせる。

「僕自身、こうして仲良くしていることに驚いている。僕たちは激しいライバル関係にあるけど、切磋琢磨してきたからこそ今の姿になったんだ」とフェデラーは言う。ナダルも「最大のライバルを友人と呼べるのは良いことだ」と、信頼を寄せる。彼らにしか分からない確かな絆がそこには存在するのだ。

2人は共に東京2020オリンピック出場を目指す意向を表明しており、フェデラーはいまだ手にしていない男子シングルスでの金メダル獲得を悲願に掲げている(ナダルは北京2008オリンピックで獲得)。オリンピックでの両者の対戦は過去になく、もしそれが実現すれば新たな歴史が刻まれることになるだろう。

ナダル(写真)とフェデラーの間には確かな絆が存在する
ナダル(写真)とフェデラーの間には確かな絆が存在する

2人で競い合うことにより自身の競技力を上げ、トップで戦ってきたからこそ心が通じ合う。ライバル、そして友人として歩んできた道は、彼らが成長する上で欠かせない天の配剤のようなものなのかもしれない。