Before they were stars: 福原愛、16歳の素顔「注目されることが苦手」

世界に名を轟かせるアスリートにも、「スター」になる前の時代がある。飛躍の時に備えて、その逸材たちは、どのような日常を送っていたのか。偉大なるスターの若かりし頃を垣間見る。

Before they were stars: 福原愛、16歳の素顔
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「天才卓球少女」として早くから有名に

福原愛さんほど、幼少期から日本国内で知られていた選手はいないかもしれない。「卓球の愛ちゃん」としてメディアで取り上げられ、時に涙を流しながら一生懸命に頑張る姿と、愛くるしい笑顔で国民の人気者となった。

10歳上の兄と母の影響で、福原さんが卓球を始めたのは3歳9カ月の頃。当初は卓球台に身長が届かず、ごみ箱や並べた缶の上に乗り高さを調整しながらプレーしていた。4歳時には早くも全国大会に出場し、この頃から「天才卓球少女」として注目を集めるようになる。10歳でプロ宣言し、小学6年生で日本代表にも選ばれた。そして15歳、高校1年生時にアテネ2004オリンピックに出場し、女子シングルスでベスト16という成績を残した。

インタビューの映像は、それから約半年後の2005年2月、福原さんが16歳のころのものだ。すでにオリンピックという世界最高峰の舞台を経験したこともあり、落ち着いた雰囲気を醸し出している。その一方、「注目されることが苦手」と16歳らしい心情も吐露する。当時は青森山田高校に通いながら、1日6時間の練習を自らに課していた。福原さんはこの年と翌2006年、中国超級リーグに参加。レベルの高い強豪選手との試合や、広大な大陸の移動を数多く経験した。

福原さんは中国でも人気を博し、磁器人形という意味の「瓷娃娃(ツーワーワー)」と愛称がつくほどだった。選手としての成長も実感したようで、「中国での試合や練習を経て、私の技術は以前より格段に上がりました。トレーニングは大変でしたが、自信がつき、日本に戻って試合に出たときは、結果も付いてくるようになりました」と後に語っている。

その後、北京2008オリンピックでは、開会式において日本選手団の旗手を担当。ロンドン2012オリンピックでは、女子団体で日本卓球界史上初となる銀メダルを獲得する。国際大会でも結果を残し、日本のみならず世界でも活躍する「スター」としての階段を確実に上っていった。そして4大会連続出場となったリオデジャネイロ2016オリンピックでは、女子シングルスで自己最高位となる4位、女子団体で銅メダルを手にした。その勝利した団体の試合後、福原さんは涙を抑えられなかったという。幼いころから常に期待を背負い、それに応えるべく必死に走ってきた。リオ2016でも結果を求められ、「プレッシャーがすごくあった」と明かす。涙はそうした重圧からの解放を意味した。

福原さんはそれから1カ月後に結婚を発表。2018年には競技からの引退を正式に発表し、現在は2児の母として生活する。結果的に最後の試合となったリオの舞台を、涙で締めくくったのも、幼いころからの福原さんのイメージを考えれば、彼女らしいと言えるものだったのかもしれない。

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