カヌー 羽根田卓也のAthlete Journey 困難な壁に立ち向かうその「生き様」

リオデジャネイロ2016オリンピックで日本人初の銅メダルを獲得した羽根田卓也
リオデジャネイロ2016オリンピックで日本人初の銅メダルを獲得した羽根田卓也
羽根田卓也のAthlete Journey

日本人初のメダル獲得、カヌーを一躍有名に

「自分の競技に対する姿勢、これまでの生き様を、漕ぎを通して伝えられればと思います」

東京2020オリンピックに向けた目標を聞くと、羽根田卓也は静かに、しかし力強くそう語った。リオデジャネイロ2016オリンピックでは3度目の出場で、日本人初の銅メダルを獲得。カヌー・スラローム競技を一躍有名にした。

「スポーツ選手はいろいろなものを我慢し、本当に情熱を費やしてオリンピックに臨んでいます。リオではその積み重ねてきた努力が報われたなと感じました」

カヌー競技の認知は、このスポーツに携わっているすべての人の願いでもある。羽根田は柔和な笑みを浮かべながら、メダル獲得後の変化について話す。

「メダルをきっかけにたくさんの方がカヌー・スラローム競技に関心を持ってくれるようになりました。自分のことも認知してくれるようになったので、その期待に応えたいという思いがより強くなりましたね」

メダル獲得後の変化について、柔和な笑みを浮かべながら振り返る
メダル獲得後の変化について、柔和な笑みを浮かべながら振り返る

2019年には東京2020オリンピックの会場として、東京都江戸川区にカヌー・スラロームセンターが建設された。羽根田が切望していた「人工コース」が日本にもついにできたのだ。「これでさらに競技の認知や選手のレベルアップにつながると思いますし、僕たちにとっては本当に大きなことです」と、胸の内を明かした。

さまざまな困難に直面したスロバキア時代

カヌー競技は日本では決してメジャーとは言えないこともあり、環境面ではどうしても海外の強豪国に劣ってしまう。羽根田自身も高校卒業後の18歳時に、強豪国の1つであるスロバキアに拠点を移さざるを得なかった。

羽根田の「生き様」は、スロバキアに渡った事実からも、その一端がうかがえる。困難な壁にも立ち向かい、自らの力で道を切り開く。日本ではあまりなじみのないスロバキアという国に、単身で渡る決断は簡単に下せるものではない。ただ、競技者としてレベルアップを果たすためには、日本で練習しているだけでは限界があった。

「カヌーという競技は実力だけでは、レベルアップできないものなんです。たとえ実力があっても、日本ではコーチがいなかったり、人工コースがなかったりして、才能が消えてしまうことが日常的にありました。僕たちにとってはそういうことが本当に大きなハンデで、そのために僕はスロバキアに拠点を移さなければいけなかった。それほど環境の差がありました」

かつて日本に人工コースはなく、羽根田は環境を求めスロバキアに拠点を移した
かつて日本に人工コースはなく、羽根田は環境を求めスロバキアに拠点を移した

スロバキアには羽根田の求めていた環境があった。指導者がいて、人工コースもある。トレーニングに例えばクロスカントリースキーやバスケットボール、サッカーなど他の競技を盛り込み、それによって身体能力を高めていく方法には、目からうろこが落ちる思いだった。拠点を移した当初は、食生活の習慣(夜にあまり食事をとらない)やスロバキア語に戸惑いもあったが、月日を重ねていくにつれて現地にもなじみ、大学に加えて大学院まで卒業した。羽根田はその日々をこう振り返る。

「さまざまな困難な壁がありました。ただ、スロバキアに行ったことで、そうした壁を乗り越える力がついたかなとも思います。どんな困難でも打ち勝つぞという気持ちを持てば、何でもやってやれないことはないなということを学びましたね」

一番大切な技術は「水の流れを読むこと」

カヌーの極意は「水の流れを読むこと」だと羽根田は説く
カヌーの極意は「水の流れを読むこと」だと羽根田は説く

羽根田はリオデジャネイロ2016オリンピック以降、自身の弱点だと感じていたフィジカル面を強化してきた。そうした新しい挑戦をしていたこともあり、世界大会では目立った成績を残せていないが、それを気には留めていないようだ。東京2020オリンピックのコースはより高いテクニックが求められ、むしろ自身の技術や身のこなしといった強みを生かせると感じている。

カヌー競技において、一番大切な技術は「水の流れを読むこと」だと、羽根田は言う。 

「自分の力を使うのではなく、水の流れをいかに使ってカヌーを速く進めるかが、この競技の極意なんです。日々鍛錬することで、水の流れを効率的につかめるようになる。水には周期があり、水同士がぶつかったり、壁にぶつかったりして一瞬一瞬で違います。常日頃からその周期を読んで、見て、感じる力を身につけることが重要です」

自分と自分の周りの環境を俯瞰して見ることで、感情をコントロールしているという
自分と自分の周りの環境を俯瞰して見ることで、感情をコントロールしているという

スラロームはシングル競技のため、水以外に己との戦いという側面もある。水を読むにも集中力や、いかに平常心でいられるかといったメンタル的な強さも求められる。羽根田はどのように自らの感情をコントロールしているのか。

「自分と自分の周りの環境を俯瞰で見ることが大切だと思っています。メンタルというのは感情なので、感情的になるとメンタルも揺れてしまう。客観的な目で自分を見たり、周りを俯瞰して見ることによって、自分に今何が必要で、何を求められているかを見つめ直すようにしています。もちろん僕も感情的にはなります。試合で負けたら悔しいし、勝ったらうれしくもなる。ただ、そういうときにも意識して客観的に見ること、分析することで、そうした感情を抑えられるようになると思っています」

自国開催のオリンピックに出場できるのは「選手冥利に尽きる」と語る
自国開催のオリンピックに出場できるのは「選手冥利に尽きる」と語る

4度目のオリンピックは、己の生き様を示す舞台に

競技者としてさらなる進化を遂げるため、羽根田は常に挑戦を続けている。現在は世界各国を試合や合宿で渡り歩いていることもあり、「家なき子状態」だと笑うが、そんな生活にももう慣れたという。スーツケースとカヌー1つを手にして、旅をしているような状態だ。

そうした生活を続けられるのも、オリンピックに対する特別とも言える思いがあるから。ましてや今回は自国開催ということもあって、この大会に懸ける気持ちは強い。

「選手の立場からしてみれば自国開催のオリンピックに臨めるというのは、選手冥利に尽きるんですね。いくら願っても、自分の力だけではどうしようもできなくて、運にも左右されるものです。その舞台に挑戦できるということで、自分は本当に幸せ者だと感じます」

東京2020大会は、羽根田にとって4度目のオリンピックとなる。もし前回以上の成績を残せれば、競技の認知はさらに広がっていくだろう。そしてそれと同様に、羽根田が漕ぎを通して伝えたいのが、自身の「生き様」だ。日本を飛び出し、スロバキアで研鑽を積み、今も高みを目指して世界を渡り歩く。その生き様は、激流に立ち向かい、次々とゲートを通過しながら、ゴールを目指すスラローム競技のようでもある。集大成とも言える舞台で、羽根田はどのようなレースを見せるのか。己の生き様を示す戦いはもうすぐ始まる。

4度目のオリンピックは己の生き様を示す舞台になる
4度目のオリンピックは己の生き様を示す舞台になる