パートナーインタビュー:モリサワ 東京2020公式フォントに込める思い「一瞬の感動を、永遠の文字に」

パートナーインタビュー:モリサワ 東京2020公式フォントに込める思い「一瞬の感動を、永遠の文字に」

あなたが日常、何気なく使っている「文字」。どのように作られているか考えたことはありますか? 「フォント」と呼ばれる文字を、一つひとつ手作業とデジタルツールを駆使して開発しているのが東京2020大会のパートナーである株式会社モリサワです。大正時代から文字に関わり、文字を通して社会に関わり続けています。

モリサワは東京2020公式フォントを提供し、それは大会にまつわる印刷物をはじめ、ライセンシング商品、街中の装飾デザイン、選手に渡される表彰状などに使われ、大会の一つのイメージづけにもなっています。今回お話を伺ったのは、代表取締役社長の森澤彰彦さんとフォントデザイン部デザイン企画課の阪本圭太郎さん。奥深い文字の世界について教えていただきながら、東京2020大会への思いを語っていただきました。

東京2020大会のパートナーに ルーツは1964年のテロップ機

東京2020公式フォントは東京2020大会のガイドブックにも
東京2020公式フォントは東京2020大会のガイドブックにも

「文字を通じて社会に貢献する」を企業理念とするモリサワさんが2018年12月に東京2020大会のパートナーになられて1年になります。まずは会社の歴史から教えていただけますでしょうか。

株式会社モリサワ代表取締役社長 森澤 彰彦(以下、森澤)

モリサワの会社の歴史を語る森澤社長
モリサワの会社の歴史を語る森澤社長

モリサワは、1924年に私の祖父である森澤信夫が邦文写真植字機というタイプライターとカメラを合体させたような、文字が発生される装置を開発して特許を取ったのが起源の会社です。なぜこんな機械を作ったかというと、祖父が、戦前は東洋最大とも言われていた製薬会社「星製薬」に勤めており、印刷部門の改善に関する仕事を任されていたことから始まります。当時の印刷は活版印刷で、一文字ずつ鉛の活字を拾って文章を組んでいくという大変な作業でした。冬は寒いですから、鉛の活字は冷たいし重いし、大変な重労働だったので、その改善を命じられたわけです。

当時、カメラを使って文字を組む装置というアイデアがあったそうですが、なかなか実用化できなかった。ある時、彼が気づいたのは、アルファベットは文字の幅がAの場合とWの場合、Iの場合など異なっているのに対して、日本語の文字はすべて真四角の中に収まる、それならば簡単に解決できるのではと気づき開発されたのが邦文写真植字機です。これは当時、グーテンベルグ以来の大発明と言われました。1924年のことです。
以来、事業を起こして、機械を作ってその機械を売るために文字を開発してきたのですが、残念ながら現在は機械メーカーとしての役割は終えて、文字を様々なソフトウェアやデバイスに向けて販売するというのが主流の事業となってきています。コンピューターを作っていた大きな会社がコンピューターを作るのをやめてソフトウェアの会社に変わったようなかっこうです。

東京1964オリンピックとも関わりがあったとお聞きしました。

森澤

今回、私たちが東京2020大会のパートナーになれないかと考えたのも、1964年にルーツがあるような気がしています。東京1964オリンピック前、NHKから報道向けテロップを開発してほしいと依頼がありました。それまではテロップが手書きだったんです。「誰が金メダルを取った」「水泳は何位だった」と次から次に放送するために、私たちの写植機を改造して、シームレスに現像できるシステムを開発し、他社と協働しながらテロップ機を完成させました。私の祖父や叔父たちの時代です。

放送業界において大きな発明、技術の躍進ですね。東京1964大会用に作られたものが日本中のテレビ局に浸透していき、放送が変わっていったことを思うと、モリサワさんの技術が社会を変えていったという思いがします。

森澤

祖父は優れた開発者であり、ビジネスの感覚にも優れていた人だったのだと思います。最初にお願いされたときも、オリンピックだから、という思いがあったはずです。

一文字一文字にこだわり、ソフトウェアやデバイスに提供する
一文字一文字にこだわり、ソフトウェアやデバイスに提供する
約1500書体におよぶフォントを開発
約1500書体におよぶフォントを開発

「読みやすい」に命を懸ける 今こそUDフォントを

現在はフォントの会社として約1500書体におよぶフォントを開発され、UD(Universal Design)フォントの普及に動かれています。UDフォントの開発でのこだわりなどを教えてください。

森澤

UDフォントは他社さんが先駆けて作っておられたのですが、当初は、自分たちの文字(フォント)は完成されていて読みやすいように開発しているのだから、デザインの立場からすると、特殊な加工をすることをよしとしない風潮が社内にありました。私たちの認識で至らなかったのは、社会には様々な方がいらっしゃって障がいを持たれている方々もいらっしゃる。そこで今こそUDを一生懸命やらなければならないんだと考え方を変えました。
「読みやすい」にこだわるのがUDフォントです。例えば、一般的な、誰しもがなる「老眼」は日常生活において大きなハードルになります。カタカナの「パ」とか「ボ」は、知っている単語であればこう読むとわかるのですが、新しく出てきた単語などは読み方がわからなくなる時があります。
開発について言えば、自分たちよがりになってはいけない。いろいろなところで活用していただくためにしっかりとしたエビデンス、根拠を求めています。計測用の装置を作って繰り返し実験を行い、最もUDで見やすいものであるという結果になったものを商品化しています。海外でもそういった検証をしていますので、台湾の繁体字、韓国のハングルなどもエビデンスに基づいたUDフォントになっています。おそらくそこまでグローバルに実験を重ねているUDフォントは他にないだろうと思っています。

株式会社モリサワフォントデザイン部デザイン企画課 阪本 圭太郎(以下、阪本)

UDフォント が世に出始めた頃は、例えば家電製品のリモコンのように、1とか2とか数字や短い単語の区別ができるように開発されていました。とはいえ、日常はもっと長い文章を使うわけで、私たちは生活の様々なシーンで対応できるものを開発しようということになりました。一つの選択肢だけだと限界があるため、様々なバリエーションを提示することで解決しようとしました。リリース当初から、明朝体やゴシック体、丸ゴシック体など21書体を発表しています。

文字の美しさと読みやすさへの思いを語る阪本さん
文字の美しさと読みやすさへの思いを語る阪本さん

森澤

その後に出したのが コンデンス書体 というものです。これはパッケージや飲料水などの成分表示といった、非常に限られたエリアにしか表示できない場合に使われるフォントです。正体でデザインされた文字を長体にかけると縦の太さと横の太さの比率が変わってしまい、可読性が落ちてしまうので、最初から70%、80%とかの太さにコントロールして作っています。

阪本

機械的に比率を操作すると歪みが出てしまい読みにくくなるので、そうならないようにしています。

森澤

それはやっぱり印刷とか出版社でずっと鍛えていただいたというかですね、可読性に命を懸けている会社だから考えられることかなと思っています。

東京2020公式フォントへのこだわりは

東京2020公式フォント見本

東京2020大会のために作られた公式フォントのお話も伺いたいのですが。和文と欧文それぞれ何文字くらいを追加されたのでしょうか。

東京2020公式フォントは東京2020大会が目指すUDに基づくもの
東京2020公式フォントは東京2020大会が目指すUDに基づくもの

阪本

提供しているのはUDに基づくフォントとなっています。和文は23058字(Pr6相当)、欧文は、約300字(Adobe Latin1)をベースに数十文字を追加しています。UDフォントの分かりやすい処理として、濁点のように文字の読みやすさに関わるものはしっかりと強調し、装飾的な要素は極力避けて、できるだけ自然な形にすることを優先しています。漢字は非常に複雑な形になると思うのですが、黒い線よりも白い空間が多い方が目に入りやすいというのがありますので、ゴシック体によくある足が出ている部分を取り払いつつ、文字としても認識できるような工夫をしています。それで一文字がぱっと目に入って見やすくなります。
また、手書きの形に近づけるというのもUDの中では大切で、自分が記憶している文字に近いものの方が認識しやすい。顕著なのは「な」ですが、きちんと手で書いたような筆跡を残しています。この筆跡を感じられるというのが非常に大切で、その上で書体として、ゴシック体のデザインとのバランスを取ることが肝要になってきます。そうすることで、文字そのものの美しさと読みやすさが両立できるのです。

東京2020大会のフォントを開発するにあたって組織委員会よりお話を伺い、UDの書体が大会としても目指したいものであるということで細かい開発に入っていきました。今回の東京2020公式フォントの開発の中心となったのは欧文パートでした。アメリカにも欧文のデザイナーがおりまして、ネイティブの声も反映させながらアメリカチームと日本チームで調整をかけていきました。

一つひとつ手書きで開発
一つひとつ手書きで開発

競技会場や街中に公式フォントが溢れていくのはワクワクします。大阪本社でフォントの開発風景も拝見させていただきましたが、本当に手書きで書かれていてびっくりしました。開発者の皆さんは、実際にフォントが使われているのを見るとうれしいですよね。

阪本

やはりそうですね。新しいフォントが使われているものを誰が最初に見つけるかという話題で持ち切りになります(笑)。最近はミュージックビデオなどYouTubeで使われているものを見ることも多いです。私たちが想定していない、思いもよらない使い方をされていると面白いなと思います。

東京2020大会に向けてこんなことをやっていきたいということはどんなことですか。

森澤

「文字を通じて社会に貢献する」という社是の下、やはりUDフォントを広めていきたいです。一番は文字を通じて障がい者と健常者が共存できる共生社会の実現に向けて動いていきたい。共生社会というのは、これからも人類が平和で成長を維持していくためには避けて通れない道だと思っています。東京2020大会のサポートは、2015年からJPSAへの障がい者スポーツのサポートから始まっていまして、今年11月に、新たに日本車いすバスケットボール連盟とオフィシャルサポーター契約を締結しました。東京2020大会に向けては「一瞬の感動を、永遠の文字に」というスローガンを掲げてイベントも含め様々な取り組みを行っています。そのスローガンは社内から上がってきた言葉を採用しました。文字、そして言葉の持つ力を信じている人でないと出てこないものだと思っています。学校などの教育機関に対しても文字に対するリテラシーを高めていただきたいという思いもあります。

東京2020大会の文字が、人々の記憶に残ったらうれしい

「東京2020大会の文字が人々の中の記憶に残ったらうれしい」
「東京2020大会の文字が人々の中の記憶に残ったらうれしい」

「東京2020大会の文字が人々の中の記憶に残ったらうれしい」

ディスレクシア(読み書き障がい)、ロービジョン(弱視)などの問題を文字という観点からサポートできるのは本当にすごいことだと思います。子どもたちの人生を変える取り組みですね。最後に、東京2020大会に期待すること、メッセージをお願いします。

森澤

フォントが持つ力、フォントによって様々な表現が変わること、障がいをお持ちの方に対しても有効であるということをもっと多くの方に知っていただきたいと思っています。UDがすべてではないと思いますが、様々なバリエーションのフォントの中から自分が伝えたいことに沿った文字を選ぶということをしていただきたいです。

阪本

文字は景色になると思っています。その街、都市によって異なる文字の使われ方があると思います。オリンピック、パラリンピックはスポーツを楽しむための祭典ですが、私たちとしては東京2020大会の文字を見て、サイネージを見て、人々の中の記憶に残ってもらえれば願ってもないことで、東京2020大会を思い出した時に一緒に文字も思い出してもらえたら非常にうれしいです。また、それをきっかけに、自分が何かを伝えたいとき、少しでもいい届け方をしたい、そのために望ましい文字を選ぶ、という点に意識が行くようになる方が一人でも増えたら最高だと思います。

文字は景色になる。東京2020大会の感動とともに文字も永遠の思い出に

お話いただいた森澤社長のお好きなフォントは 「武蔵野」 、最近のものでは 「みちくさ」 で阪本さんは、ゲーム等で使われることが多い 「タイプラボ」 がお気に入りだそうです。一つのフォントが商品化されるまで大体2年から4年の歳月を要します。フォントを一つひとつ手で書いたり、デジタルツールを駆使して開発する、途方もない作業の賜物です。文字とは何か、言葉とは何か、どのように伝えたら伝わるのか、モリサワの皆さんはそれと真摯に向き合っているように思えました。これから大会本番が近づくにつれ、東京や各自治体の街中で、それぞれの競技会場で、その他様々な場所で東京2020公式フォントが登場してくるでしょう。その「文字」を見かけたら、ぜひそこに込めた熱い思いに考えを巡らせてみてください。