私がオリンピック5連覇に挑戦する理由 女子レスリング・伊調馨選手インタビュー(前編)

5連覇が懸かる東京2020オリンピックへの思いを、伊調馨選手が語ってくれました
5連覇が懸かる東京2020オリンピックへの思いを、伊調馨選手が語ってくれました

「5連覇に挑戦できるのは自分だけ。その喜びは忘れずにいたい」。女子レスリングの伊調馨選手は東京2020オリンピックに向けた思いをそう語ります。初出場だったアテネ2004オリンピックの女子63kg級で金メダルを獲得して以来、女子選手としては史上初の4連覇(リオデジャネイロ2016オリンピックは58kg級を制覇)を達成。他にも過去に189連勝を記録するなど、世界にその圧倒的な実力と存在感を示し続けてきました。リオデジャネイロ2016オリンピック後は2年ほど休養していましたが、昨年復帰を果たし、現在は大会5連覇を目指して日々研鑽(けんさん)を積んでいます。36歳で迎える東京2020オリンピックは伊調選手にとって、言わば競技生活の集大成。「どんな結果になろうとも最後までやりたい」と挑戦するに至った理由を語ってくれました。

厳しいことも楽しく思えてくる。M気質なので(笑)

伊調選手はオリンピック4連覇という偉大な実績をお持ちです。オリンピックにおいてご自身が好きな瞬間を3つ挙げて、それがなぜ伊調選手にとって素晴らしいものなのかを教えてください。

1大会1大会、思い出が多く残っているので、3つに絞るのは難しいですね。あえて区切ってみると、アテネ2004オリンピックと北京2008オリンピックは、姉(伊調千春さん)と一緒に金メダルを目指して出場した2大会という印象です。姉が引退したあとは、男子レスリングの世界にのめり込み、新しいスタイルを作り上げたタイミングでロンドン2012オリンピックがありました。リオデジャネイロ2016オリンピックはその続きで、男子のレスリングを学び、レスリングの奥深さや難しさ、楽しさを知って「さらに追求していきたい、もっと強くなりたい」という気持ちで追いかけていました。

お姉さんとともに出場したアテネと北京の2大会、お姉さんが引退したあとのロンドンとリオデジャネイロの2大会はどんな違いがありましたか?

2人でオリンピックの金メダルを目指していたときは、マットの上でも日常生活でも支え合っていたので、非常に濃密な時間を過ごしていたと思います。「2人で金メダルを取ろう」と誓い合っていましたし、そう思い続けながら練習していました。姉が2大会とも銀メダルに終わり、夢はかないませんでしたが、その過程は濃いもので、満足いくものでした。「2人ともやりきったね」と、終わったときには姉も自分も笑っていましたし、それは最高の結果だったと思います。

オリンピックでの成功は、伊調選手の人生にどのような影響を与えていますか?

姉や仲間と一緒に、オリンピックや金メダルを目指した時間はかけがえのないものです。練習はやはり厳しくて、なかなか1人では乗り越えられないことも多い。でも、そういうときに「仲間がいるから、家族がいるから」と考えられれば、だんだん練習も楽しくなってくる。言ってみればM(マゾ)気質になってくるんです(笑)。どんどん追い込まれるんですけれど、それが自分の力になっていく有り様が面白いです。そして結果が伴ってくるとさらに楽しくなってくるし、そうした毎日を過ごしていれば、あっという間に時間が過ぎていきます。「好きなことをやっているんだな」と実感しますね。

M気質なんですね(笑)。

レスラーに限らず、アスリートは皆そうだと思います(笑)。厳しいことも楽しく思えてくる。今は厳しいだけの練習はしていないですが、自分にとってプラスとなるように、基本は自らを追い込みます。それが試合での自信につながる。「これだけやってきたんだ」と自分を信じてマットに上がるためには、やはり厳しさも必要です。

大会を重ねるごとにプレッシャーが増してくる

初めて出場したアテネ2004オリン初めて出場したアテネ2004オリンピックはワクワクする気持ちも大きかったそうですピックはワクワクする気持ちも大きかったそうです
初めて出場したアテネ2004オリン初めて出場したアテネ2004オリンピックはワクワクする気持ちも大きかったそうですピックはワクワクする気持ちも大きかったそうです

オリンピックの選手村や他の会場で、有名選手と知り合ったなどのエピソードはありますか?

普段はなかなか交流がないんですけれど、選手村に入ると他の競技の選手にお会いしますし、帰国してから表彰式やイベントなどで仲良くなったりすることは多いです。

選手村や大会期間中の生活はいかがでしたか?

自分の試合までは競技に集中していますし、選手村を楽しむ余裕は正直ないです。初めて出場したアテネ2004オリンピックは、開会式と閉会式の両方に出ました。特に開会式は雰囲気も良くて「これがオリンピックなんだ」と感じたのを覚えています。ただ帰りのバスになかなか乗れなくて、選手村に戻ったのが24時を回っていました。少し大変でしたね。

オリンピックは他の競技大会と違う空気を感じるものでしょうか?

初めて出場したアテネ2004オリンピックのときは、オリンピックはどういうものなのかというワクワクやドキドキもあって、「早く行きたい」という気持ちが大きかったです。ただ2回目、3回目となるとプレッシャーも感じるようになり、周りの方々の期待もあるし、「その期待に応えたい」という思いが出てきました。それは他の国際大会では味わうことができないものです。オリンピックの金メダルはすごいもので、結果に期待する人々の気持ちが一番高まるのがオリンピックなのだと、大会を重ねるたびに感じます。

他の国際大会と違って、オリンピックだけは勝負にこだわるものですか?

そういう部分はあると思います。4年に1度の大きな大会ですし、多くの選手が「そこに行きたい、金メダルを取りたい」という夢を子供のころから追い求めています。その舞台で金メダルを取るということは人生において素晴らしいことです。他の国際大会では、そこまでの喜びを感じることはできないと思います。

イランでの普及活動で学んだこと

休養中はOL生活を送ったり、イランで普及活動をしていたという伊調選手
休養中はOL生活を送ったり、イランで普及活動をしていたという伊調選手

リオデジャネイロ2016オリンピックで4連覇を達成し、その後に競技復帰するまでの約2年間はどのように過ごしていましたか?

会社に毎日出勤して、OL生活をしていた時期もあります。あとはイベントに参加したり、イランに行って女子レスリングを普及させるお手伝いをしたり、さまざまなことをしましたね。

OL生活はどうでしたか?

朝の満員電車がしんどかったです(笑)。毎日電車に乗って出勤し、デスクに座ってパソコンに向かうという生活は今まで経験したことがなかったので、なかなか刺激的でした。でも自分には動いている方が性に合うなと思いました。

イランにも行かれたのですね。

イランは女子レスリングを発展させようとしていて、選手を育てるのかなと思って行ったら、「まずは指導者を育ててほしい」と言われたんです。「レスリングはこういうものだというのを伝えてほしい」と。それで30人くらいにレスリングを教えました。それからテストをして、センスのある選手やうまくできている選手を15人くらい選び、その選手たちを国中に派遣して、女子レスリングを発展させていくという考えのようです。

そういう経験は伊調選手の人としての幅を広げるものでしたか?

1つの技を理解できるように説明することは、日本人に対してでさえ難しいのに、イランではさらに言葉が通じない難しさがありました。いかに簡単な言葉、簡単な動きで教えるか。イランは体育の授業もなく、体を動かすことがあまりないようなので、そういうところから教える必要がありました。ウォーミングアップすらできないんです。本当に国が違えば文化も違うし、言いたいことを伝える難しさもある。レスリングをきちんと言葉で説明できるようにもっと勉強していかないといけないなと感じました。

競技復帰するにあたっての不安や葛藤はあったりしませんでしたか?

35歳という年齢になって、どこまでできるか分からないですけれど、最後に背中を押したのは「レスリングをやりたい」という気持ちでした。「やりたいか、やりたくないか」と言われたら、やはり「やりたい」という思いが強かった。「その気持ちがあるからにはやろう」と思いました。そこからは覚悟を決めて、「どんなにしんどくても、どんな結果になろうとも、最後までやろう」と思っています。

5連覇に挑戦できる喜びを忘れずにいたい

リオデジャネイロ2016オリンピックで4連覇を達成。女子選手としては史上初の偉業でした
リオデジャネイロ2016オリンピックで4連覇を達成。女子選手としては史上初の偉業でした

東京2020オリンピックでは5連覇という偉業がかかります。

それを目標として復帰したので、その夢に向かって今は練習や試合に取り組んでいるところです。練習と試合を繰り返し、経験していくことは必ず自分のプラスになります。1日1日を無駄にせず、全てを吸収していくことで、東京2020オリンピックでの金メダルも見えてくると思います。

東京2020オリンピックの開催は、日本人にとってどのような意味をもたらすと思いますか?

自国開催という経験が少ないので、自分自身でもどうなるのか分からないですし、その舞台に立ったらどんな気持ちになるのか想像がつかないです。そのくらいすごいものなんだと思います。

自国開催のオリンピックで、ご自身のパフォーマンスをファンの前で見せることについてはどう考えていますか?

5連覇を目指す大会が、自分が生まれた日本で開催されるので、それに挑戦できる喜びと、プレッシャーも同じくらい感じています。でも挑戦できるのは自分しかいないということで周りの方から背中を押されていますし、その喜びは忘れずにいたいです。もちろんプレッシャーもありますが、重く考えず、挑戦できることを前向きにとらえていきます。いいですよね、東京2020オリンピックで5連覇できたら。

そうですよね。大会までにどういう部分に伸びしろを感じていますか?

自分の感覚を取り戻す部分と、進化する部分の両方があって、進化していく部分が伸びしろなのだと思います。以前の感覚を取り戻したうえで進化しなければ、オリンピックでは勝てない。今は感覚的に少しちぐはぐになっている部分もありますし、そこが合致したときに自分の強さを発揮できるようになると思っています。練習で合わせていくしかないです。

5連覇を達成したら女性選手では初となります。伊調選手にとってはどのような意味を持つのでしょうか?

それは達成してみないと分からないです。そこを目指してやっているので、5連覇に挑戦できるのは、自分にとってそれだけで大きな意味を持つのかなと思います。2020年は自分が目指す最後のオリンピックになると思うので、そういう気持ちで臨みたいです。

(後編に続く)