「周囲に迷惑かけて、心配かけて……。そのたびにみんなが助けてくれる」  コートで伝えたい感謝の想い バドミントン・桃田賢斗 

Kento-Momota

いつ何が起こるか分からないから、1日1日を全力で――。バドミントン男子の世界王者、桃田賢斗は前だけを見つめる。東京2020大会を控えた昨年1月にあった遠征先での交通事故、そして3月末に決まった大会の1年延期。それでも心折れることなく前向きになれたのは、周囲の支え、サポートがあったからだ。試練の1年で東京2020大会への思いも変わった。迷いや甘えはない。多くの人への感謝、競技への愛情、復興への思い……。期待をエネルギーに変えて、26歳は光り輝くコートに立つ。

桃田賢斗編/今日もまた、前を向こうとする人がいる。
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一命をとりとめた大事故、そして大会延期

大会延期が決まった3月末、桃田は暗いトンネルの中にいた。遠征先のマレーシアで事故にあったのは1月13日、日本で新型コロナウイルス感染症の感染者が出る前だった。運転手が死亡する惨事で、帰国後に右眼窩底(がんかてい)骨折も判明した。手術を経て軽い練習を再開できるようになったのは2月後半だった。

「もう急ピッチでやるしかないと思っていました。正直、ツメツメで練習して、休みなんか一切返上して。(ブランクとなった)2カ月を取り戻すには全然足りない。試合ができないことで不安はあったし、はやる気持ちを落ち着かせるには時間が足りなかったですね。それでも、やらなければいけないと思っていました」

最も苦しかったのは、手術した後のリハビリ期間だった。東京での手術後、香川の実家に帰った。目の運動以外は安静を言い渡され、動くこともできない。バドミントンを始めて以来、常に身近にあり、体の一部とも言えたラケットを握らない日も続いた。

「動いてはいけないと言われたのが、一番辛かった。練習をしたくて、たまらなかった。(故郷は)都会と違って田舎なので、外を走ったら気持ちいいだろうなと。そんなことばかり考えていました」

試合はない。それでも、打ち続けたシャトル

一歩間違えれば命さえ危ない、競技が続けられなくなるかもしれない大事故を経て、経験したことのないブランクも味わった。大きな挫折を乗り越えようとしていたころだったから、大会の延期も冷静に受け止められた。決してネガティブになることなく、前向きにとらえることができた。

「自分自身で足りない部分をすごく感じていたし、時間もなかった。もっともっと追求していけるという意味では、1年はプラスになったと思います」

緊急事態宣言中も、所属チームの体育館で練習を続けた。チームとして集まることはできなかったし、コーチも不在。それでも、黙々とシャトルを打ち続けた。

「(バドミントン部の)寮がすぐ近くにあるので、体育館に来て練習はできた。目の調子もよくなり、体も動くようになってきた。進化している自分を楽しむことができました。試合はなかったけれど、モチベーションが下がることはなかったですね。買い物が好きなので(自粛で)出られなかったのはちょっと。でも、練習ができていたので大丈夫でした」

自粛期間中はSNSなどで積極的に発信もした。他競技のアスリート仲間らと子どもたちに呼びかけ、ジュニア世代と交流も持った。もともと、小学校などを訪問して子どもたちと触れ合うのが好き。トップアスリートとして、伝えたいこともあった。

「試合がなくなって、子どもたちと接することもなかったので。自分もそうでしたけど、焦りすぎると余裕がなくなる。大会がなくなって焦る気持ちもあるだろうけど、そうならないようにと。ただ、言葉にするのはすごく難しいんですよ。でも、言葉にして、それを伝えることで自分の気持ちも整理できる。そういう面もありました」

再認識した周囲の支え、励まし、そして大きな期待

何度も挫折を経験した。香川の小学校を卒業後、福島の強豪中学へ進学。富岡高校2年生だった2011年に東日本大震災に襲われた。リオデジャネイロ2016大会前には違法賭博行為で出場停止になった。そのたびに周囲に励まされ、支えられて強くなった。過去の挫折、逆境を振り返るとき、口調も激しくなる。

「いろいろ起こしちゃうし、起きちゃう。周囲に迷惑かけて、心配かけて……。そのたびにみんなが助けてくれる。それに甘えているようじゃダメだなと。妥協していたら、人として話にならない。口で言うのは簡単だけど、それを実行しないと。本当に自分と向き合わないといけないですよね」

事故という逆境にあいながらも前を向けたのは、今回も多くの人の励まし、サポートがあったからだ。1年の延期は、それを再確認する時間になった。折れそうだった心は、この1年でさらに強くなった。東京2020大会に対する考え方も少しずつ変わってきた。

「正直、オリンピックがすべてではないと思っていました。どの大会でどうなりたいとかではなく、自分が納得するところまでいきたい。勝つことも大切だけれど、それ以上にバドミントンを極めたい。ただ、いろいろなことがあって、オリンピックって重要だなと思うようになったんです」

多くの支え、励まし、そして期待を強く感じている。学校訪問をした小学生からも「頑張ってください」「金メダルをとってください」と手紙が来た。桃田のオリンピックは、桃田だけのものではなくなった。

「金メダルを取ることがバドミントン界を盛り上げていくことにつながる。自分のことだけではなく、バドミントン界のためにも金メダルを取らないといけない。期待に応えたいという気持ちがあるし、プレッシャーもあります。ただ、それは期待してもらわないと感じることができないもの。ポジティブに考えて、追い風にしたいですね」

異次元の強さを目指し、金メダルを胸にした姿を見せる

1年という時間を得たことで、桃田はさらに強くなった。精神的にも技術的にも。東京2020大会での金メダル、そしてその先に描く「絶対王者」の目標に向けて。大会まで残り半年、進化を止めることはない。

「まだまだ足りない。満足なんかしていません。まだ、時間はありますから。課題にしているのは攻撃面。一つ一つのプレーの精度を、もっと上げたい。最終的に目指すのは漫画の世界。全力を出すこともなく、淡々とすべて勝つ。異次元の強さ。バドミントンだけでなく、スポーツ界を引っ張っていくような存在になりたいですね」

その大きな節目となるのが、初めて挑むオリンピックだ。桃田には東京2020大会のコートに立ったとき、決めていることがある。多くの人への感謝を込めてプレーすること。そして、金メダルを胸にした姿を見せること。

「オリンピックのコートは感謝の気持ちを表現し、伝える場所です。震災からちょうど10年、福島など被災地に元気、勇気を与えられる大会になればと思っています。2020年は明るいニュースがあまりなかったので、スポーツの力で日本中を明るくできればとも思います。いつ何が起こるか、本当に分からない。だからこそ、1日1日を悔いのないように全力で頑張る。そんなメッセージを伝えられたらうれしいですね」

度重なる試練を乗り越えてたどりつく大舞台。桃田の熱い思いは、そのショットのように正確に多くの人の心に届くはずだ。

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